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ドクダミママ至言

母業落第の果て:もっと早く知りたかった子育てへの答え

親という字に現れる親の実態

日本の文化で何がすごいかってそれは漢字。

漢字は複雑でビジュアルに訴える。

その理由は象形文字であることが考えられる。

だから漢字は部首をバラバラにすると意味が明確になることが多い。

 

例えばこの漢字。

f:id:MimosaPalette:20220319022415g:plain

https://kanji.jitenon.jp/kanji/164.html

 

皆さんはこの漢字をじっと眺めてみたことがあるだろうか。

 

そう。

「親」という漢字は

このまま見るなら

木の上に立って見るという意味だ。

 

つまり親はいつも高いところから子供を

(つくりがへんに比べて妙に大きいことから)’じっと’見守っているということなのだ。

 

だから・・・つまり・・・ヘリコプターペアレンツのことを指す。😅

こんな風に言い方を変えても究極的には同じことだ。

 

まあ、親とはこういうもの。

 

漢字は紀元前の黄河時代に発明された。

こんなに時を経ても今の親とあの当時の親には変わりがないようだ。

つまり、親とはずっと基本的にこういうものなのだ。

たとえそれは良くないと言われてもそうなりやすいのが現実だ。

 

だから気を悪くしない方がいい。

 

とは言っても

子どもが成長するに従って上から目線の心配顔で見続けるのも子供にとっては窮屈というもの。

 

だから少しずつ子供から目を離す努力をしないといけないのだ。

ただ特に母親はそれが上手にできない。

それは犠牲の量が生半可ではないからだろう。

一緒にいた時間が長かったからだろう。

だからそう簡単には離れられないのだ。

たとえ物理的に離れても心が離れることはまずもってない。

ヨボヨボのお婆さんになっても木の上に留まっている。

 

でもその母の気持ちは子供には伝わらないもの。

そして木の上に長く留まれば留まるほど辛くなっていく。

それに輪をかけるように、子供は子供で親をわずらわしいと思うようになる。

 

実は

少しずつ木から遠ざかり、いずれは子供が完全に見えなくなるところに隠れるくらいでちょうどいい。

 

それがどんなに辛くとも

それが親としても最後の課題と言っても過言ではない。

 

でも!

実は・・・・

本当の由来は他にある!

へんは「薪(しん)」の原字で、木をナイフ(刺青の針のことでもある)で切ったなま木を表したもの。それに「見」を加えた

つまり、「親」という漢字は、ナイフで身を切るように身近に接して見ていることで、じかに刺激を受けるような非常に近い間柄を意味している。

gogen-yurai.jp

 

まさにナイフで身を斬るような面持ちで子育てをしている親御さんが多いことと思う。

いやはや、これでは大変なストレスだ。

 

どちらの意味であっても、いずれにせよ

親子は物理的及び精神的な距離を取る必要があるのだ。

 

意識的にそう日々心に言い聞かせよう。

 

ドクダミママ至言

親という漢字に現れる親の現実。

そばに近寄りすぎないように。

距離を取らないと互いに身の危険を及ぼし合うことになりかねない。