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ドクダミママ至言

母業落第の果て:もっと早く知りたかった子育てへの答え

母の日はただの節目。だから去年より成長していればいいのよ

 

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ジャガイモにも芽が出た。でも我が家の子供たちの芽が出るのは一体いつか???

まさかジャガイモより時間がかかるとは・・・😅忍耐を試されてます・・・。😓


今週末は母の日。

一年前の母の日は、娘の遅い反抗期で頭を抱えていた。

自分の母としての人生を半分恨んでいた。

hahagyo-rakudai.hatenablog.com

今年はこの娘から「母の日おめでとう」というメッセージが届くだろうか。

息子たちは母の日を覚えているだろうか。

 

土曜日、夫は一日中射撃場で建物解体のボランテイア活動に明け暮れていた。

身体中が痛いのに夫は帰ってくるなり、母の日だから絵を描くためのラクダの筆を買ってくれると言ってくれた。

でも断った。こんなに疲れている夫に買い物に付きあってもらうことはできなかった。

 

筆もいいけど、筆よりもっと欲しいものがある、と伝えた。

夫はそれは何かと聞いてきた。

それは他でもなく

三男の仕事が決まること。

他に欲しいものは何もない。

 

我が子の人生がうまく行くこと。

母の望むものはそれしかないのだ。

何よりもそれが母の日のギフトとなる。

母の日に子供のいいニュースが聞きたい。

それがもっとも「おめでたい」ことなのだ。

カーネーションなんかいらない。

 

それを子供たちは知っているのだろうか?

多分思いもよらないだろう。

子供とはそんなもの。

母の思いは母以外の人にはわからない。

 

たとえ子供たちが「ありがとう」と言ってくれても

本心から言っているのかな?と疑ってかかったりしてしまう自分がそこにいる。

「ありがとう」なんて言われたら本当に罪悪感で一杯になってしまう。

 

母の日は自分が本当に母であるということを思い知らされる日。

この重い責任におしつぶされるように感じる日。

満足にできない自分に落ち込む日。

だから喜ぶどころか反対に暗くなってしまう。

 

でも覚えておいて欲しい。

理想は理想。

そんなものは窓から投げ捨ててしまうに限るのだ。

この現実をありのままで受け入れ、

この経験には何か意味があったに違いないと自分に言い聞かせるだけ。

(でも一体何の意味があったのかはまだわかっていないんだけど・・・😅)

 

母の日は節目。

この節目に昨年と比べて

どのくらい自分が卒親できたか、

どのくらい忍耐力がついたか、

どのくらい人間として成長できたか、

それを振り返るいいチャンスであると思う。

 

早速、去年の母の日の自分と今の自分を比べてみた。

すると多くの気づきがあった。

去年に比べると不思議と心が穏やかで

子供と自分を切り離すのがもっと上手にできるようになってきたようだ。

 

そう。このように一年前と比べて少しでも前進できていればそれでいいのだ。

 

今年の母の日はなんとなく平和に過ごせそうだ。

 

ドクダミママ至言

母の日は母である自分を吟味するとき。

自分の成長を振り返るとき。

 

理想的で「立派な母」になれなくともいい。

所詮誰もなれる人はいないのだから。

ただ去年の母の日に比べて今がどうかが問題なのだ。

去年より何かがよく(まともに?)できるようになり

ほんの少しでも人間的に成長できたと思えるなら、

それで十分ではないだろうか。

 

 

 

 

 

子供から便りがないのは良い便り

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えんどう豆の上の王子ごとニャンタ。

かまってばかりのうるさい召使いを嫌がるように背中(お尻?)を向ける。

「我はこのくらい布団を積み重ねないと体が痛い・・なんたって上流階級の猫は繊細だから」😅

 

子供から連絡がないことは普通

家を出て自立した子供が連絡をしてこない。

それは当たり前のことと聞く。

その理由は

一生懸命自立しようと頑張っていて実家のことなんて頭にも浮かばないのからだ。

それが普通でそれ以外は例外。

 

聞きたいことがあったら実家に連絡してくる。

よく言われるように

便りがないのは良い便り、は本当のこと。

忙しいのだ。

一人で自立するために必死だから親のことは頭に霞むこともない。

それでいいのだ。

 

子を想っているのは親のみ。

子は親のことは滅多に考えないもの。

それでいいのだ。

(それにしょっちゅう連絡してくるのもちょっと普通じゃない)

 

我が家

長男は電話にも滅多に出ないしメールにも返信はしてこない。なんとなくわざと無視されているようにも感じるけど、それは考えすぎというもの。

彼は仕事もフルでしていて大学院にも在籍している。寝る時間も足らない位なのだから親とどうでもいいことをしゃべっている時間などないのだ。寂しいと勝手に感じているのは親だけ。

元次男は連絡がなくてちょうどいい。どうしているかなんて聞けばプライバシーの侵害と言われるだけだし、ついでにこちらもあまり知りたくない。

三男だけから頻繁に連絡がある。それは仕事が見つからず悩みが深いからだ。愚痴を聞いてもらいたいからだろう。でもこれも仕事が見つかって安定でもすればだんだん少なくなってくるのだろう。親にでもなればもっとそうなるだろう。

娘は問題がなければ親に連絡などしてこないし、こちらから連絡してもほとんどの場合は無視!なんなの?何か事件?と言いたいらしい。でも最近猫を飼い始めて、自慢したいらしく写真を送ってくる。でもそれだけ。猫以外のことで娘に介入すると気分を害するので「可愛いね」とだけ返信。

 

それでいいのだ。

 

親になるということは寂しいことだと思う。あんなに自分の時間が欲しいと思っていた昔が懐かしい。今は皆いなくなってそれぞれ自分の人生を生きている。親を必要とはしていない・・・のように見られる。それでいいんだけど、なんか・・・心に風が吹く感じ・・。

 

ところが!

 

数週間前に娘から連絡が入った。

娘から母親宛に連絡が入ったのは今回が初めて。

今までは保険のことや自動車のことなどで父親に連絡がきていた。

 

なぜいきなり母親に連絡がきたかというと

病気になったからだ。

これは父親に聞いてもだめだと思ったのか、

どうしていいかわからなく心細くなったのだろう。

 

症状はなんとコロナの症状!

全部の症状がほぼ揃っており

高熱も下がらないだけでなく血も吐いていたため本人も親も心配した。

結局PCR検査を受けたけど、結果はなんと陰性と出た。

そんなバカな。

どう見てもひどいインフルエンザ(つまりウィルス)のたぐいのようにしか見えないのに・・・。

で、今アリゾナで流行っているウィルスはコロナ変異株・・・ということは・・・

やっぱり。😅

なんでも、変異株の種類によってはこの検査を無事くぐり抜けるものもあるらしい。

それかもしれない。

それでも、変異株を確実化するためには血液検査などをしないとわからないらしい。娘はとても具合が悪く一人で病院に行くエネルギーもなかったので病院には行かなかった。家族もそばにはいないので一人で乗り越えようとした。(会社の人も友達も助けには来れない・・・コロナならうつるかもしれないから・・)

www.youtube.com

その後勤務先は娘に2週間の自宅待機を命じた。

 

やっぱり便りがないのは良い便り

娘のように普段は便りがない人でも便りがある時もある。その時はニーズがあるから。

困っているから。ということはほとんどの場合は連絡はない。😅

 

もし便りがないのは良い便りが真実なら、我が家は良い便りばかりということになる。

じゃあ、ある意味で子育てに成功したと言えるのかも。(のわけがないけど・・・😅)

 

ドクダミママ至言

例外はあるとして、

もし成人した子供から連絡がない場合はうまく自立しているという証拠。

親は淋しくとも我慢。

飛び立った雛鳥は追わない。

便りがないのは良い便りなのだから。

 

 

遺伝子には勝てない!😭(整理整頓版)

我が子のある気性とか特質にイラっとすることはないだろうか?

誰でもあるはず。

ない?

ない人っているんですか〜〜〜?

どこに?

会ったことないです。

 

実は我が家の子供たちはどうも片付けが苦手。

だらしないタイプのようだ。

子供の時からどうもうまくできないのでこれは放って置けないと

手を変え品を変え散々教えてあげた。

当然ステップバイステップで。

片付けられない人はものを収集するなとも

ものを処分しろとも提案した。

(時々耐えられなくなって母が勝手に処分もした!)

 

それなのに

結局学べなかったようだ。😓

 

長男の婚約者から

2年前にこんなことも言われた。

「私はお母さんが失敗したエリアを再教育させていただいているのです」と。

なんじゃ〜〜〜〜?!

それって・・・もしかして・・・

あたしがサボっていて何も教えなかったとでも言いたいわけ?

一瞬カチンときた。

 

次男はコミュニテイカレッジの卒業証書を引っ越しのどさくさに紛れて

ゴミと一緒に捨ててしまったらしい。

日頃から整理整頓をしていないから天罰!

 

お母さんのやり方は彼らに合わないという声も聞いた。

じゃあ、自分で色々試してみて自分独自のやり方を開発したらいいじゃあないの?

でも結局やらないし、できないままで家を出て、いまだにできない・・・。😅

 

あたしが言い続けてきたのはこれ。

今の持ち物でアップアップしているくらいなら大人になって一人で暮らすようになったらもっと困るよ。

大人の人生というのは書類だけでなく所持品が全体的に増え複雑化するのが普通。

だから今のうちに少ないもので整理整頓を学ばないと後が怖いんだよ!

と口すっぱく言ってきたつもり。

 

しかし彼らはやらなかった。😓

 

長男:整理整頓はストレス。だからやらない。ものを溜め込むタイプ。

次男:上に同じ。思い出や伝統に執着するタイプ。

三男:上に同じ。でも片付けが面倒くさいから、最終的には全捨てで解決。

長女:片付けはできないことはない・・・でもものを捨てられない性格。ものが多くなって結局頭が混乱してきて学期の終わりに片付けるけど、捨てることは嫌い。ゴミも後生大事に取っておいていた。だから部屋をハエが飛んでいるなんて普通。😅

 

自分は日本の教育を受けてきた人間で、汚いのは耐えられないのだ!!!

ものがその辺に乱雑に散らかっているのを見るだけで鳥肌が立ちそう!!

乱雑な環境にいるとイライラもしてくるし、心も頭も乱れる感じがする。

もちろん、自分は狭い日本の家に住んでいた人間。でも彼らはアメリカサイズの家で生きてきた人間。その辺にものが散らばっていても別に転ぶとかそういう危険があるわけではない。

 

だからなのか。

この環境のせいなのか。

教育のせいなのか。

 

いや、違う!

 

アメリカでも非常に整理整頓が行き届いている家はたくさん見てきた。

子供だってみんなおおらかというわけではない。

なめられるくらい清潔で片付いた家や部屋だっていくらでもある。

要するに国民性より生まれつきの性分。

つまり遺伝子なのだ!

 

そうだ!

遺伝子が悪ければどんなに教育したってだめ!

 

じゃあその遺伝子はどこからきたのか?

当然、我が家に関して言えば夫の父親側の遺伝子。😅

 

夫の実家訪問 

夫の実家に最初に呼ばれて行った時はっきり言って驚いた。

これは・・・・😰

人が住む家なのか物置小屋なのか・・・?

姑が健康の問題で整理整頓も掃除もできない。

汚している張本人の舅は自己責任を取らない。

女の仕事だと言って一切家事をしない。

ゴロゴロしてテレビを見ているばかり。

 

じゃあ、あたしがやってあげることにしよう!

 

ところが!

何十年ものしみついた汚れはいくらこすってもそう簡単には取れない!

よってさっさと諦めた。

 

この部屋で寝てくださいと言われたけれど、思わず・・・

虫でもいそう!!!!と真っ青になった。

そして思わず夫(あの時は恋人)に「この部屋最後に掃除したのいつ?」と聞いてみると、

恥ずかしげもなく、

「う〜ん10年くらい前かな?」というではないか。

 

10年??

10年も掃除していないの?

その後、このシーツいつ洗濯したの?なんて怖くて聞けなくなった。

 

でも汚い部屋で寝るのは嫌だなんてそんな失礼なことはとっても言えない!

だからその夜は我慢してその部屋で寝た。😅

 

掃除はダメでも片付けはやってあげれると思ったけど、

ゴミに見えるものを捨てようとすると嫌な顔をされた。

だからそれも諦めた。

 

恋は盲目

大学に戻ってきて友人に「どんな家だった?」と聞かれて答えに困った。

 

そんな汚い家の人と結婚するなんてやめた方がいいと言われたのに、

あたしとしたことが・・・恋は盲目。

この汚屋敷で育った彼と結婚すると決心してしまった。

独身の時は彼の部屋は片付いていたので問題ないと思ったのだ。

ところが!!!

結婚してみると、やっぱりあの家の人間じゃああああああ〜ん!

 

それで夫に、綺麗にしてくれるように頼んだ。

結婚生活の最初の20年間。😓

 

しかし今は諦めた。

結局彼に言わせるとこれなのだ。

それは別に間違っているということではない。

つまり、

僕にとっては全く汚れていないし、乱れているように見えるけど、ものはちゃんと探せるし問題ない。それに片付けたってまだ乱れるんだよ。」

 

なるほど。確かにその”言い訳”は理解できる。

しかし!

そういう人間とずっと一緒に暮らしていくわたしの身にもなってほしい!

と、諦めずに夫の教育にも力を注いだ。

 

でももう諦めた。

細かいことをごちゃごちゃいうと夫婦関係にヒビが入る。

仲良くやっていくためには同居人のやり方は無視するしかないのだ。

 

汚部屋紹介

ちなみに下の写真は夫の書斎。

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部屋に入るとこんな感じ。別にだらしくなくない?

いや。写真だと何故かあまりひどく見えないだけ。

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本棚。埃が溜まってます。本も真っ直ぐにできない。

なんでガウンが本棚にさがっているのか???(全然着ないんだけど・・)

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古い書類。下に落ちそうになるまでファイルしない方針らしい。おいおい、もう落ちそうじゃん!

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本棚の下。いかに夫がこそぐい常習犯であるかインスタントラーメンの袋でわかる。

ところでなぜアマゾンの空き箱が積み上げらたままなのだろうか?

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デスクの上。これまだマシな方。

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どうして、書類は真っ直ぐに積み重ねないのか・・・?

この靴下ここで何をしているの?使用済みデンタルフロス?ラーメンの出汁?

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デスクの下。袋の中身は一年前の学会でもらった付録及びお土産。

一回座れば二度と動こうとしない夫の荷物たち。

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デスクの右側。一年前からずっとこのまま。埃も一年分溜まり放題。

なんでもっときちんと真っ直ぐに端っこに置けないのだろうか・・・。

ということで、

写真でみると大したことないね。

何故だろうか。

写真には埃は映らないからか・・・。😅

 

以前は一年に一度あたしが彼の部屋に入って掃除及び断捨離をして綺麗にしてあげていた。

(でも捨てたと思ったら取り返しに来て自分の部屋に持っていった!)

しかし、それもやめた。

あたしは家中の掃除を担当しているんだからこれ以上できない。

こんな狭い部屋くらい自分で責任を持ってやってほしい。

子供じゃあないんだからなんであたしがここまでやらないといけないのだ。

それにやりたくない。

他にすることがあるのだから。

Who cares!  も〜〜〜〜〜知るか!

 

ということはやっぱりあの家の遺伝子が理由なら不可能ということだ。

お手上げするのが賢い生き方というもの。

遺伝子と競争しても高が知れているんだから。

 

あたしの担当エリア

ちなみにこちらがあたくしが整理整頓掃除を担当している部屋の数々。

子供たちはあたしのことを「OCD(強迫性障害)」と言っていたけど、

あたしはOCDではない!そこまで綺麗好きでもない!

ごくごく普通の女性だ!

だからどう考えても彼らがおかしい!

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サンルーム#1

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サンルーム#2(左のバケツは薪や暖炉の灰を入れるもの)

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リビングルーム(12月の写真)

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わたしのデスク周り。OCDからはかけ離れていると思うけど。

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玄関のちかく

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空き部屋となった娘の部屋。

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空き部屋となった息子の部屋

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台所の一部(まだ修理が終わってない状態💦)

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バスルーム


これに地下と寝室の掃除もある。

よって夫の書斎を片付ける時間はない!
夫の遺伝子を変えること”も”できない。

 

いずれはどうにかなる

ところで子供たちの現況だけど、こんな感じ。

 

長男:婚約者に散々怒られ随分片付けられるようになったよう。

次男:妻はもっとだらしないタイプなので、二人で汚屋敷アパートで幸せに暮らしているらしい。😅(とりあえず離婚は考え直したよう)親の目には触れないのでいくら汚しても構わない。

三男:超綺麗好きの妻が全部やってくれるから問題は消えた。いずれにせよ全捨て方針なので散らからない。

長女:一人暮らしになって誰にも何も言われることがなくなり自由を謳歌している。かといって家事をやってくれる人もいないから、自分でちゃんとやっているらしい(ほんとらしい)先日、不衛生だとすっごい気持ちが悪い!とか信じられないようなことを言っていた!!😂

トイレも浴槽も毎日消毒しているとか!!!!

 

ということは!

いつかはどうにかなるものなのね。😂


ドクダミママ至言

遺伝子に挑戦しても勝ち目なし。

時がくれば自分で努力するようになるかもしれないからその可能性に賭けよう。

結婚後は伴侶に教育してもらおう!

 

だらしないのは子育てのやり方のせいではない!!!!!!!
遺伝子のせい。😅




 

クソババ呼ばわりされたらどうするか

 

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(ニャンタ、ロシアのバブシカ=老婆になる。「僕、オスですが・・・・」😅)

 

日本語は世界の言語の中で最も複雑で最も丁寧で最も美しい言語のように思う。

でもこれは美しくしゃべった場合に限る。

当然。😅

だからこの美しい日本語にも汚い言い回しがある。

 

日本人は家の外ではものすご〜く丁寧な話し方をしてまさに紳士淑女の振る舞いで有名。

でも一旦家の中に入ると野蛮人化する人も多くいるように見かけられる。

一旦このドアを閉めさえすれば何を言っても許されると勘違いしている人もいる。

家庭は全ての本音をさらけ出してもいいところと思っている。

でもそれは違うように思う。

 

確かに家庭は心を休めるところかもしれない。

だから心を許して自分のフラストレーションの吐き場としてもいいわけではないのではないだろうか。

やっぱりなんとなく間違っているように感じる。

 

外では決して言わないような酷い言葉。

それを夫婦間で使い、親も子供に対して使うことがある。

それについてはどんなに良くないかは既に供述されているので

今回は子供が親に吐くとんでもない言葉について考えていきたい。

 

クソババ呼ばわりされてどんな気持ちがしますか?

思春期の子供がよく言う表現のたぐいに、

「クソババ」がある。

 

これを聞いて、母親はどんな気持ちになるだろうか。

「反抗期だからね」と簡単に片付けられるだろうか

普通の親はものすごく傷つくはずだ。怒るはずだ。

喧嘩に発展するかもしれない。

 

わたしはこういう言葉を親(育ての親)に言ったことはない。

それは言ってはいけない言葉だからだ。

いくら親子でも、どんなに親が”うざく”ても言ってはいけないのだ。

もし親がうるさくて嫌なら、それを説明したらどうだろうか。

はっきりと文章で説明するのだ。

それができないということは子供ということ。

語彙が足らないということ。

頭がまだ幼稚ということ。

 

子供なんだからそういう生意気な態度はNGに決まっている。

そんなのどこの国だって同じ。

思ってはいいけど口に出すのはだめ。

これくらい言っても許されるだろう・・・は甘い考え。

ムカついてもいいけど、人に怪我をさせるのはダメと同じ原理。

(親も気をつけないといけないのですが・・・😅)

日本では、「クソババ呼ばわり」は普通で問題ないと言われているらしいけど、

違うと思う。

 

アメリカだって言葉遣いに厳しい 

アメリカの普通のその辺にいる親でもこの言葉遣いには結構厳しい。

自由の国と言われているけどそこまで自由っていうわけじゃあない。

実際、子供の言葉遣いがひどすぎるとこういうことが起こる。

 

1。父親登場

息子の場合は父親が登場することが多い。

つまり「母親にそんな口のきき方をするな!」と父親が怒鳴りつけるのだ。

それからこんなことも言うらしい。

「オレの女に何をする?!生意気な態度をとるな!!!!」😅

息子の態度がかなり横柄になるときは思春期(最近は長い)の時で、つまり身長だけなら父親と同等になってくる時だ。つまり息子は父親にとっての競争相手となる。つまりにっくき敵と映る。自分の彼女に言いがかりをつける敵。だからその敵を封じ込めようとするのは当たり前なのだ。

実際に、180センチ以上の体格のいい父親に怒られると息子は普通は黙る。

あまりにもひどいと、”壁ドン”されて首根っこを捕まえられて睨みつけられる。

(これって裕福層の話です)

ガタイの立派なアメリカの高校生でも震えるらしい。

 

2。家を追い出される

反抗が酷すぎる場合は、

子供は未成年でも家を追い出されることもある。

親戚に預けられることもある。

実際、夫の姉は高校生の時に親戚に預けられた。

 

3。究極の清め

夫の実家は下級階層。

でも言葉にはうるさかったらしい。

もし汚い言葉を使ったら

洗面所に連れて行かれ石鹸で口の中を洗わせられたらしい。

ひえ〜恐ろしい!

それ、とっても危険な感じがする。

でも死ななかったところによると平気だったようだ。

汚い言葉を吐いた口の中は石鹸で洗って清めるということらしい。

苦いし、まずいし、耐えられないので、二度とこういう目に遭いたくないなら悪い言葉を使うな!というメッセージは子供たちの心にしっかり届いたそうだ。

なので、あの家の子供で汚い言葉を使う人はいない。

 

あとで聞いた話だけれど、この石鹸療法を実践している人は夫の時代では結構いたらしい。

今は児童虐待とか言われて大変だけど。

それほど言葉にうるさかったのだ。

子供だろうが反抗期だろうが例外を許さなかった。

 

4。英語のスラングでひどい類は使用禁止

英語にもひどい表現がスラングの中にある。

映画などで耳にされた方もおられるかもしれない。

それは"f--k you!"

もっと最悪なことに中指を立てて言ったりする。

なんて言っていいかわからないと、この言葉を頻繁に繰り返す人もいる。

本当の意味は言えない。公の場所ではとても言えない。

でもこれを和訳するなら、「このやろう!」とか「こんちくしょう!」とか「ばっかやろう〜」とか「クソババ〜」がこれに当たる。

 

この言葉をクールだと思って真似をする日本人もいるのを知っている。

しかし、これは決して使ってはいけない言葉なのだ。

もし英語を母国語とする人が聞いたら

使っている人のことをこういうふうに思うだろう。

 

つまり

教育レベルが低い。

語彙がない。

超ひどい低層階級出身。

知能指数が低い。

モラルに欠ける。

人間性に欠ける。

羞恥心に欠ける。

品がない。

ムショ出身か現役非行少年(要するにかなり荒れている)

などなど。

 

だから

全然クールからはかけ離れている。

 

こういうふうに思われたくなかったら、こういう言葉は使わない方がいい。

英語のスラングには気をつけたほうがいい。外国人はその言葉の意味と使い方を深くは理解できないから間違って使うことも多いからだ。そして恥をかく。

子供もみんなが使っているからという理由で使う。でも自分の品位を落としていることにしかならない。そしてその子供の親の評価にも影響する。子供の言葉遣いがきれいなら、親の育て方が良いというふうにみられている。まともな家庭と見られている。

よって普通の親はスラングの種類によりものすごく厳しい態度を取るのが普通。

 

我が家の場合

親が使わないし、うるさいし、そのため我が家の子供たちがこういう言葉を親の前で使っているのは聞いたことがない。

でも元次男が結婚後、妻がそういう言葉を使う人なので、喧嘩時に使いまくっていたのを耳にした。(だから彼女は家で親からいつもものすご〜〜〜く怒られていたらしい)

 

我が家はさすがに石鹸で口の中を洗うようなことはしないけど、

夕食抜きは十分考えられる。😅

 

子供たちがこの日本語の「クソババ」という言葉を知っているかどうかはわからない。

知っていても使い方を知らない。つまりTPOがわからないから使わないのかもしれないけど、使っているのは聞いたことはない。

 

もし自分が子供に「クソババ」なんて言われたらどうするだろうか?

多分、その意味は何かと聞くと思う。

わかっていて使っているわけがないので、その意味を認識させると思う。

そしてそれがどんなに失礼かわからせるようにするかもしれない。

でも最初にやっぱり「キレそう」💢

子供なんだから、という言い訳はわかる。

でもやっぱり言い訳だと思う。

だってこれは言ってはいけない言葉なんだから。

 

対策

で、もし言われたらこう返すこともできるかも。

それは

「そう、わたしはクソババよ」と開き直る手もある。

それは「お前のような幼稚な人間のいうことに一喜一憂するような母ではない」ということを知らしめていることになるからだ。

 

怒ったら子供の思うツボ。

だから反撃方法は敵が予測できない方法を選んだ方がいい。

 

我が家の子供たちはスラングも使わなかっしクソババとも言わなかった。

でも長い反抗期間に母親は色々言われていた。

それでわたしのとった戦略とは

 

1。怖い顔をして黙る。(黙るともっと怖いらしい)

2。泣く。(息子に効く。向こうから謝ってくることもある)

3。自分の非を認める。(向こうから謝ってくる)

4。向こうから謝ってきたら、説明する。

 

だから子育てには失敗したけど、うちの子供たちは汚い言葉は滅多に使わない。それは絶対に絶対にだめで、決して譲れないこととはっきり言ったからだ。

 

わたしは子供に嫌なことを言われるたびに

「はい、全てわたしが悪うございます。」

と思ってもいないことを言っていた。

すると罪悪感を感じるようで、彼らは黙ってしまうのだ。

この状態が続くと夕食時に部屋からも出てこない。

でも放っておく。何日でも。

親の方から「部屋から出てきて」なんて言わない。(思春期と成人の場合)

お腹も空くし気まずくなって自分から謝ってきていた。

 

具体的にはこんな感じ。

子供「るっせ〜な〜」

親「はい、うるさいです。」(本音:なんだと〜?!)

 

子供「何回も言わなくてもわかってるよ!」

親「そうだよね。わかってるよね。」(本音:だったらさっさとやればいいでしょ!)

 

子供「向こうに行っててくれよ!」

親:「そうします。邪魔者は消えま〜す。」(本音:絶対に消えない!)

 

怒れば子供のレベルに落ちてしまうということ。

それを子供は狙っている。

だから勝たせてはいけない。

あくまで親の方が何倍もうわてであるということを認識させる必要がある。

 

だって!どんなに大したことない不完全な親でも!

「クソババ」呼ばわりは絶対にだめ!!!!!

 

ただめし食って、家賃タダで家に住んで、お手伝いもろくろくせんで、1円も稼いでこんで、親にご飯を作ってもらい、上げ膳据え膳で、なんでもかんでもやってもらって、学費も払ってもらって、言いたい放題っていうのはないでしょう〜?実にアンフェア極まりない!

一人前の口をきくなら一人前になってからにしてもらいたい!

ということでうちの元次男は一人前の口をきいていたので、一人前とみなして家を出て行ってもらった。

それで自分がいかに一人前でなかったかわかったようだ。😅

 

ドクダミママ至言

クソババ呼ばわりするのはいくら子供でもダメ。

反抗期だから、というのは言い訳にしかならない。

譲れないエリアは譲るべきではない。

それと同時に親も言葉に気をつけるべき。

模範は大切だから。

 

 

 

三男大学を無事卒業・・でも仕事はまだ見つかっていない・・・💦

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(春は卒業式の季節!この裏庭のような明るい春が息子の人生におどずれるのはいつか?

ただひたすら待つのも・・・・・しんどいものよね〜。ホント😅)

 

三男が土曜日に無事大学を卒業した。卒業式もウェブ卒業式。

やっぱりイマイチ迫力に欠ける・・・。😅

おまけに卒業生の紹介スライドが、なんと2020年の卒業生のリストだった!

焦って大学側は正しいスライドをアップロードしようとしていたけどかなり待たされた。

ということはどうもスライドショーを作ってなかったようだ。

ま・・・学生がやっているんだから許してあげよう・・・。😅

 

これで子供4人全員が四年制大学を卒業したことになる。

なんかどっと疲れた。

あとは自分でどうにかしてくれ〜!😅

 

でも・・・

結局大学は卒業したけど、仕事は見つかっていない。

総計350社以上に応募したけど!

競争がすごすぎてどうにも勝てない。😰

それは同期だけでなく、去年の新卒者と失業した中途採用者とも競争しているから。

じゃあ企業がダメなら公務員系は・・・と考えることは皆同じ。

どこの業界でも競争は激しい。

今もテキサス州の警察から連絡はきていない。

時間がかかると聞いていたけど、どうなったのか・・・。

多分だめだったのだろう。

なんで高卒の人と競争して入れないの〜?

わからん。

いずれにせよ、現実は厳しい〜。😓

 

応募者はものすごくたくさんいるから雇用側も面接を何回も繰り返して一番気に入った人を採用する。一般募集では一つの空きに20000人の応募者が殺到するとか普通。

縁故でも難しい。

全てが弱肉強食の厳しい世界。

真面目にやってきた三男でもこれだ。もっと強い人に食われている・・・。😓

 

経済的に大変なので、知り合いのところは子供も孫も全員実家に戻ってきたと言っていた。

家の中の住民は、現在子供5人と、嫁と、孫が3人。そして親2人。

全員で11人!

その中で最もストレスを抱えているのは猫らしい。😅

 

社会は今も事件が多くニュースを見ているとどんどん暗くなってくる。

ロシアと中国とアメリカは戦争か?

ロシアとウクライナも・・・。

台湾と中国も・・・。

米軍はアフガニスタンから引き上げると聞いた。

平気なのかな??テロリストが増えそうな予感。

前から続いている紛争も終わりになっていないのにまた別の紛争。

米国の国境の不法移民数は一向に途絶えることがなく国は対応ができないでいる。

自然災害は相変わらず。

コロナも終わっていない・・・。

よって息子に仕事が見つからない。😅

 

でも覚えておこう。

いつの代にも必ず何かしら問題はあった。

でも毎回そこからいずれははい出ることが出来た。

それを心に留め、

どうにかなると信じて臨むことが大切だと思う。

心配しても始まらない。

できることしかできない。

そして「こうなったらいいな〜」と望むだけでなく、

必ずどうにかなると信じて生きていくしかない。

(どういうふうになるかはわからないけど😅)

 

我が子はこんな世の中でもどうにか生き延びていけるとひたすら信じる!

これっきゃない!

でも高望みはしないで、’現状で満足’も大切。

 

ところで卒業式だけど、

実は親は我が家の子供たちの大学の卒業式に全く出ていない。そう一度も!

理由は・・・

長男:家族のためにチケットを予約しないといけないのに彼は忘れた!

次男:卒業式には一応勝手に出たけど、手違いがあって実は卒業していなかった!!!よってあの卒業式は無効となった。

三男:コロナでウェブ卒業式。本物の卒業式はキャンセル。帽子もガウンもないから特別な写真撮影もなし。勝手に一人で(Tシャツで😅)写真を撮っていた。感動ゼロ。

娘:コロナで卒業式だけでなく、卒業時にある全ての行儀もキャンセル。過去になかったケースで大学側はアタフタとしてどうしていいかわからずじまいだったので、校長先生の話も卒業生総代の話もなし。これも感動ゼロ。

 

なんか・・・・。やっぱりこういう行事って大切よね〜。

人生の節目なんだから・・・節目らしくやってほしかった。

汗だくになって学費を払ってあげた親の身になって欲しい・・・・。

あああああ。😰

 

ドクダミママ至言

若い人はこのご時世の犠牲者となってしまっている。

だから色々スムーズに行っていなくても理想通りに行っていなくとも仕方がない。

家族も一緒になって落ち込んでいる場合じゃない。

’いつか’を信じて、この現状でも笑顔で課題に立ち向かっていくしかないのだ。

 

 

 

一番の親孝行とは何か

 

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庭の水仙。春の訪れを知らせる花。水仙の花言葉は希望。そのためか、この花を見つけるたびに気分が高揚する。自分がこの世からいなくなってもこの水仙の球根は生き続けるだろう。

それはとても素敵なこと。


親孝行として年老いた親を海外旅行に招くことをよく聞くけれど、

本当の親孝行は他のところにあるように気がする。

夫とわたしは、孫が一人くらいいてもおかしくない年代に入ってきた。

そして、親に対する一番の孝行がなんであるかしみじみと理解できるようになってきた。

 

別に海外旅行に招待してくれなくともいい。

ただ親が子供に望むことは

安定してほしいこと。

でも究極の親孝行とは、

結婚して孫の顔を見せて欲しいということだ。

 

若い時によくそういうことを聞いたものだ。

その時になぜそうなのかはわからなかった。

でも、今その気持ちがとてもわかる。

 

親はどんどん歳を老いていき、子供は親に向かって「長生きしてね」と言うけれども、

親は何の希望も喜びもなければ長生きなどする理由はないのだ。

自分は滅びていくとしても、新しい命が生まれればそれは自分の命の続きであり、自分は終わりということではない。そして自分の一部が今後も続いていくことが感覚的にわかる。

それは希望を意味するのだ。孫はどんどん成長し、それを見守るのが祖父母の喜びなのだ。

だから長生きしたいと思えるのだ。

 

やっぱり

一番の親孝行は孫なのだ。

孫の顔を見るまでは本当の意味で安心はないのかも。

もっとも子供が経済的に安定しなければ孫どころではないのはわかる。

 

それでもそれは真実なのだと感じている。

 

我が家の子供たち

わたしたちには4人の子供がいる。

4人の子供を育てることは言葉にできないほど大変だった。

息子が3人いたので、夫は自分の個人的な夢を捨てて息子たちと時間を過ごすことにした。

わたしも、手のかかる息子たちをサポートするために自分の人生を捨てた。

 

そして今、

夫とわたしは、これから何を希望に生きていったらいいのかあまりよくわからない。

 

長男はゲイ。

台湾出身の婚約者と一緒に住んでいる。でもお相手のご両親にゲイであることをまだ伝えていないし、一人息子であるしご両親が嘆き悲しむのは目に見えている。だから多分結婚はしないような気がする。

もし結婚したら養子を迎えたいようなことを言っていたけれど、ゲイのカップルが養子にできる子供にいろいろ条件を出すことはできない。ウェイテイングリストに名前を入れても、他の人が彼らを飛び越して彼らは常にリストの一番下に留まったままで順番はなかなか上に上がっていかないのが普通だ。もっとも誰も欲しくないような子供なら養子にできる。さらに養子縁組には年齢制限がある。息子の年齢は問題がないけど相手が問題。

だからこの息子からは孫は望めない。

 

次男は結婚している。離婚騒動はちょっと落ち着いたようだ。ということは孫を期待できるかもしれない。

でも妻は婦人系の病気持ちで妊娠は命取りになる恐れがあるので産まない方がいいと医師から言われている。

かといって養子縁組は条件が厳しい。収入や持ち家があるかどうかも検討される。夫の収入が高く妻が主婦の家庭が最優先。嫁は仕事を続ける予定で、息子は仕事が安定しない。こういう家庭は養子縁組は難航する。

だから、ここからも孫は望めない。

 

三男。

結婚しているので子供をもうけると約束をしているが、現在、経済が低迷しているので仕事がなかなか見つからない。仕事が安定しなければ子供どころではない。最近、嫁に息子の健康問題について初めて伝えショックだったようだ。だから結婚がずっと続く保証もない。

孫を期待していたけれど、どうなるかはわからない。

 

長女。

子育ての大変さを目の当たりにし、さらに母親の涙を見すぎた娘は子供など欲しくない。結婚もしそうもない。それは娘は全米の州立大学でトップの大学を卒業しているからだ。美人だけれど、出身大学がわかると男性のほとんどはさっさと逃げる。

トロトロやっていると見つからないよ。と言ってあるけど、今はニーズを感じていないし男性に興味がないしどうでもいいと思っているらしい。あのね〜、ニーズが出てきた時では遅いのよ!と言ってあるけど聞く耳持たず。これ以上言うと娘を怒らせるし、究極的には本人の人生なのでこれ以上は何も言えない。

よって娘からもどうも孫は期待できない。

 

それで思った。

こんなに子供を産んで育てて、見返りはゼロ?と。

夫はこんなことまで最近言っている。

「僕は、君と一緒に同時に死にたい」と。

(まだまだそんな年ではないのですが・・・それにまだ死にたくない・・・😅)

 

孫がいないなんて。

こんなことになるなんて。

誰も親のことを顧みない自己中で頑固者の集まりだからしょうがないのか。

 

いずれにせよ、我が家の子供たちは親孝行などという言葉さえ知らない。もっともそんな言葉が英語にあるとも思えないけれど・・・。😅

親孝行してくれると思っていたからわざわざ教えたりなんてしなかった。

それに親のために犠牲を払ってくれなんておこがましくて言えないでしょ?

 

そうそう。

自分の人生だからどう生きようと勝手。

と言いたいのはわかる。

確かにそれは正しい。

 

でもこんなに苦労して育てたわたしたちはどうなるのか?

そんな気持ちを拭い去ることは難しい。

 

友人の話

知り合いで45歳くらいの女性がいる。

綺麗な方だ。

でも結婚はしていない。

それもそのはず彼女の理想は考えられないほど高い。

自分はいつまでも綺麗でその辺の男性と落ち着くなんてまっぴらごめんと思っている。

確かにその年にしては綺麗。でも男性は寄り付かない。

 

彼女には妹がいて40代の始めで結婚した。

でも年齢的なことから子供は産まないことにしたらしい。

 

この家には娘が二人しかない。

一人は一生独身。

もう一人は産まない。

だからこの家はこれでおしまい。

 

友人が言うには、

祖父母も親もこう言っているらしい。

「へんなの捕まえてきたりして苦労するだけだから、

それだったら焦って結婚などしなくていいよね。」

 

いや〜

でもこれは嘘。絶対嘘!

失礼になるから本音を言わないだけ。

言ってもどうなるわけでもないとわかっているから言わないだけ。

その言葉は自分への慰めなのだ。

本当は絶対に寂しいはずだ。

 

子育てのご褒美

子育ては大変なのだ。

だからご褒美がなければ頑張れない。

じゃあ、この大変な子育てのご褒美とは何なのか。

それは孫の顔を見れることに他ならない。

孫の顔を見て初めて、親というものは、

「大変だったけど、価値があることだった」と言えるのだ。

孫がいなければ、redemptionがない。つまり償いがない。

ご褒美がないのだ。

 

今それがひしひしとわかる。

海外旅行など、孫の顔を見ることに比べたらたわいのない一時的な気休めでしかない。

どんな御殿に住んでいても、どんなに財産があっても、それは孫に比べたら小さな価値でしかない。その理由は、子孫は永久性があるけれど、この世の物にはないからだ。

 

本当の喜びとは、なんてことのない日常の中にあるのだ。その中で一番の喜びは家族かもしれない。だからアメリカの大家族は幸せそうだ。

孫を持って初めて親は子育ての喜びと価値を感じるのだ。

だから孫は歳を取った親にとっての表彰状なのだ。

でも孫の顔を見るまではこの表彰状はもらえない。

 

ということは

もしあたながに子供がいるなら、それはあなたが一番いい孝行を親にしてあげたことになる。

そして親になることによって初めて自分の親に感謝ができるようになる。

さらに親の不完全さを赦すことができるようになるのだ。

親になることによって自分以外の人を優先することを学ぶ。

自分を捨てることを学ぶ。

それは何よりも大きな愛なのだ。

その愛する能力を身につけるために親になる。

 

だから自己中心的で、わがままな子供を持った親は悲しむことになる。
それは他ならぬ、わたしたち。

でもそういう子供に育ててしまったのもわたしたちなので今更何も言えない。😢

 

言い訳

ただ、

西洋という個人社会では個人主義の人間が出来やすく、日本人の温かい心を持った子供を育てることが難しいと感じている。

育った家よりも、育ててくれた親よりも、社会の影響力の方が圧倒的に強く、親はなす術がない。

だから自分たちのせいばかりでないとも感じている。

 

それでもこの個人社会でも親の悩みと苦しみは皆同じ。

自由に決めさせてあげても、親はやっぱり辛いのだ。

そうやってみんな周りの親は言っている。

自由というものも親の目から見ると問題があるかもしれない。

 

ドクダミママ至言 

一番の親孝行は孫の顔。

年老いて一番の楽しみは孫。

これはどこの国でもどの時代でも普遍の概念。

 

 

 

 

 

 

ハリー王子に似た’元’次男への対応は厳しい😰

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裏庭の桃の木に花が咲いた。雨が沢山降ったので芝生も青々としてきた。爽やかで心も洗われるよう。自然はいいなあ。自然が自分の一番の友達。親は子育てのことで悩むことが多いけれど、本当は小さなことで悩んでいるだけ。大きな自然を見ていると全てが些細なことに見えてくるものだ。

似ている
ハリー王子とメーガン妃の話はずっと世界中で持ちきりで、3月のインタビュー事件でさらに燃え上がり、最近フィリップ殿下も亡くなったことからこの二人の噂話が炎上した。

そして、ハリー王子と’元’次男の生き方を見ていて、ふと思ったことがある。

 

それは彼がうちの’元’次男’ジャイアン’(あだ名)にある面で似ていること!😅

二人とも次男で表情や喋り方も似ている。うちの元次男も髭は赤毛。

繊細で複雑で、でも自立心は旺盛で常に問題を起こし家族をイライラさせ心配させるところが特に。😅

 

うちの元次男の性格を一言で表現するなら、

嵐。

どんな嵐かというと、

竜巻、ハリケーン、津波、台風。

要するに全部。

それも、ただの嵐じゃあない。

turbelent 大荒れ。

 

そして嵐は一箇所に留まってはくれない。一概にして周りを巻き込む。

元次男もハリー王子も周りを巻き込む。

王子(及び特に妃)は世界中を巻き込んでいる。

元息子は静かに一人で悩んでくれればいいのに、それなりの行動力を備えているため静かにはしていない。周りが気付くように大暴れをする。わざと聞こえるようにやっているのだろうか。だからすごい迷惑。

 

見ているだけで親もイライラしてきたりする。穏やかな夫でもイライラするらしい。

周りをイライラさせている本人もそのことを認識している。周りといい関係を築けないことも承知している。それで結局自分の問題とわかっているけど直せない。

頑固だからね〜。

彼も苦しいのだろう。

よって自分自身にイライラしてまた暴れる。

悪循環。😓

 

そういう人とは距離を取るしかない

だからちょっと離れたところにいてくれるくらいで丁度いい。

ハリー王子がアメリカに住んでいることはそういう点ではいいことかもしれない。

 

うちの元次男も車でここから片道6時間くらいのところに引っ越した。

でも6時間なんて近すぎるくらいだと思っている。

どうせ離れるならハリー王子のように外国にでも行ってもらいたい。

 

地理的距離は役に立つ。

たとえ100%でなくとも。近くにいると心痛が絶えない。

実は彼は母親に愛されていないと思っているらしい。

だからこんな自分でも愛されたいし理解してほしいと思っているのは知っている。

当然理解しているつもり。

そういう人間であるということを。

何を考えているかも。

親が何を言っても意味がないことも。

何も話すことはないことを。

だから地理的だけでなく精神的にも距離を保つことは必須なのだ。

 

彼と話したのは去年の11月。

今4月。あと1年連絡を取らないように頑張る。

でも1年後も連絡は取らないかもしれない。

もしかして今後ずっとこのまま疎遠になるかもしれない。

もう疲れたのでそれでもいいかと思っている。

 

やはり生まれつきか

ハリー王子は12歳の時に母親が亡くなったことが原因で精神不安になったと言っていたけど・・・総体的な観点から見るなら、それだけが理由ではないというのは明らかだと思う。

事実、母であるダイアナ妃は生前この次男のことを常に心配していた。

要するに今に始まったことではなく昔から今を予測する素質が備わっていたようだ。

 

要するに彼はとっても繊細なのだ。

彼はたとえ中流家庭に生まれてもゲトーに生まれても、ああいう激しい性格で安定性のない人生を生きる人で、またそういう人生を好む体質のように見受けられる。そういうところに首を突っ込む性格なのだ。(安定すればチャーミングさが強調されてとてもいいんだけど・・)

結局、人は環境に左右されると言っても、それが100%ではなく、生まれ持ったものがかなり大きいのではないだろうか。

 

ハリー王子の問題は彼という人間の中身から出ているように思える。

ということは

所詮、

人間というのは自分が変わらなければ、場所を変えても同じということ。

メーガン妃も、どこに行ってもあれでしょう。どこに行っても敵を作る人なのでしょう。

そういう生まれつきの性格なのだ。

(静かに生きたい・・・って絶対嘘!二人ともそんなに王室が嫌ならその肩書きは王室にお返しすべきだと思うけど・・・それはしたくないってところがちょっとね・・・。妃はもう二度と英国の土を踏むな!と英国市民も言ってますね・・。)

 

まあ、人のことは言えません。😅

自分も別の生まれつきの性格がある。

我が子を無条件の愛で包み込んであげれないという。

自分にできることは距離をとり干渉しないように努力することくらい。

その彼の望んでいることを提供することがわたしの彼に対する愛なのだ。

 

周りからら「なんと冷たい」と見られていようが

「親子の縁を切るつもり?」なんて言われようが、今更・・・・。

一切合切干渉して欲しくない元息子とは天気や道路事情や近所の様子くらいしか話すことが全くない。政治のこともサポートしている党が違うから話せない。宗教観も違う。経済の話もだめ。節約の話とか絶対に無理。全てが異なる人とどうやって仲良くするのか。たとえ生物学的には親子でも共通点が少ないと関係を維持することが難しいのだ。ちょっとあやまって舌を滑らせれば怖い顔でにらまれる。

彼は雪の結晶のように壊れやすい。こんな小さなことで?というようなことで粉々になってしまうのだ。そしてそんなことがあると、1ヶ月でも1年でも10年でも壊れたままの状態が続く。

こういう息子は本当に頭痛の種。

それはやっぱり生まれつき。

ずっと前から繊細・・(おまけに頑固)。

親だからそんなこと十分わかっている。

 

苦手な子供の一人や二人いてもおかしくない

家族関係は難しい。

だから、うまくやっていくためには、家族という意識を捨てて、友達のように振る舞うことが一番いいように感じている。

つまり「家族なんだから」とかいう型にはめないことが鍵かな。

元次男に対しては、滅多に連絡を入れない昔の知り合い扱いがベスト。

このほうが互いに平和。

はっきりいってもういい加減勘弁してほしい。

親は彼のニュースを聞くたびに「またか〜😰」と落ち込むんだから。

彼の顔を見るたびに子育て失敗という直面したくない事実を突きつけられてしんどい。

 

でも他の子供たちはちょっと違う。

長男は外見は優しい。でも中身は結構冷たい。感情移入しないようだ。頭もすごくいいので、左脳でしっかり考えてから自分の意見を言うし、自分が不利になることは言ったりしないタイプ。だから人と仲良くやっていけるようだ。

三男と意見が衝突しても翌日には彼はケロッとしている。切り替えができるタイプでタフなのだ。ちょっとマザコン気味。頑固な面もあるけれど基本的に素直なので親に可愛がられている。

娘は女性だから根に持つタイプ。だから親は話し方には気をつけないといけない。それでもそこまで複雑というわけではない。反抗的な態度といっても大したことはない。そのため親も滅多に怒らない。まず全然怖くない。

 

でも元次男はやっぱり・・・苦手。(星座が合わないからかしら???母は水瓶座で彼は魚座。残りの子供は双子座もしくは牡羊座)

彼にどうやって喋っていいかもいまだにわからない。いきなり理由なく怒ることもあるし、腫れ物に触るように、つまり近くに寄らないようにしないと自分の身の危険を感じる。😓

 

自分の子供が怖い

はっきり言ってわたしは彼が怖いのだ。

まず彼は筋肉隆々の成人男性で、黒帯を持っていて力がとても強い。さらに、彼は怖い顔をしている(夫の家系の遺伝・・・😅)。

あの目つきも怖い。

息子だけど怖い。

だから彼が少しでも機嫌を悪くすると、おびえてしまう自分がここにいる。

我ながらひどい母親だと思う。でもこれが本音。母親に怖がられていると彼が知ったらなんと思うだろうか。ショックに違いない。でも本当に怖い。

実はいくら息子でも大人になった男性に幼いときの面影を重ねてみない方がいい。彼らは驚異的な腕力を持ち女性の一人や二人手にかけることなど朝飯前であることを多くの現代女性は認識していない。男性は自分のそういう力を知っているから、女性の前ではどんなに怒っても手をあげないように努力をしている(例外はあるけど・・)。そしてそれが紳士というもの。でもそれをいいことに、女性は言いたい放題言って男性を怒らせることも多い。つまりプライドを傷つける。でも本当は彼らは恐れないといけない存在なのだ。

だから(夫は怖くないけど・・)息子が怖い。

でもそんなことを言っているけど、

実は、彼にとってはわたしが世界で一番怖い存在なのだと思う。😅

それは母親の語る言葉には真実が隠されており、容赦しないからだ。子供のためには自分がどんなに嫌われても、言うべきことは言う。それが母親の愛というもの。

息子に言いたいことをガンガンと言う女性はこの世に母親だけ(時に妻も)。そしてわたしが言っていることは全部真実なのだ。でもそれを認めるのが息子は怖いのだ。認めると言うことは自分の非を認めること。すると自分のプライドが傷つく。だから反撃してくる。

でももし母親が口を閉じてしまったら、それこそ息子は恐れた方がいい。

それは母親が我が子を完全に諦めた時だからだ。

そしてわたしのように”元息子”呼びしたりもする。😅

 

いずれにせよ。子供が4人もいれば、苦手な子供が一人くらいいても当たり前。

取扱いが難しい子供がいるのも当たり前。

彼がこの瞬間に何を考えていてこれからどうするのかも知らない。今はもう彼に振り回される人生に終止符を打ったからだ。

でもこうなったのは、これに関しては100%わたしのせいではないと思う。

彼がそういうふうに生きたいと提示してきたのだから。

自分らしくユニークに生きることが彼のゴールで、全てが自分のオリジナルの発想でないといけないらしく、他人の意見は一切聞きたくない。それを邪魔しようとする人間は(邪魔しようなんて夢にも思っていない・・・ただアドバイスをあげていただけ)皆邪魔者。親であろうが兄弟であろうが容赦無く戦う。

わたしは負け戦はしない方針。

だからさっさと白旗を怯ませてさようならをいうしかない。

 

かといってそれは愛していないということではない。

愛しているからこそ、本音を言っていたし、それで互いにイライラしていた。

でもそれももう嫌気がさしたので

1歩でも2歩でも(事実は100000000歩!)引いて

干渉しないことが一番平和で懸命ななやり方であるという結論に至った。

そうそう、愛の示し方には色々あっていいはず。

 

ドクダミママ至言

気難しく事件を起こす子供がなぜそうなのか、それは世間では親のせいと言われていることが多い。

でも絶対に親だけのせいではない!

子供の元々の気性によるところも大きい。

関係をうまくいかせられないなら、地理的もしくは精神的にスペースと取ることが一番容易にできることであり、それしか解決方法がないことも多い。

しかし、それでもいいと思う。

どうしても親密な関係を維持したいなら、顔を会わせても口を閉じて余計なことは言わないこと。

もし何か言わなければならないとしたら、これだけ。

つまり、

「そうだよね〜」That is right. You're right.

「そうっか〜。」I see.

もし子供が問題に直面しているなら

「大変だね〜」What a bomber! 

これだけ。

これ以上何も言ってはいけない。

 

それは親というものは一回口を開くと調子にのってどんどん余計なことを言い出すからだ。

その余計な口出しは親から見ると「懸命なアドバイス」

でも子供から見ると「うるさい要らぬお節介」でしかない。

それは子供は一つの方向からしか物事を見ていないからである。(つまり自分の小さな世界からのみ見た見解)

素直な子供はここで親の提案を聞く。

頑固な子供は一切聞かないだけでなく不機嫌になり口答えをするのが普通。

それなら何を言っても無駄。

(それでも戦いを続けたいなら、どうぞ)

 

そうだよね〜。そっか〜。大変だね〜。

必要に応じてすぐに自然に言えるように、

これをマントラのように練習したらよいよ〜。😅

 

 

子育て後は何も見ても聞いても感動しない

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春らしくなってきた前庭。去年と変わっているものは何もなく見えるけど、あるのかもしれない。ただ自分の目には見えないだけなのかもしれない。

感動のおすそわけ

子供というのは純粋で、

新しいものに触れるたびに目がキラキラ輝き

その発見に心を躍らせ

長く感動に浸ることが得意。

それなのに

大きくなるに従ってその頻度が下がっていく。

それは当然経験を積んでいけば新しい経験はそうそうないからなのか。

 

人は親になると

この幼い子供の感動を共有しあたかもそれは自分自身の感動かのように錯覚したりもする。

キラキラと輝く我が子の目をみることが生き甲斐で、その生き甲斐を増やすために

色々なことを経験させ、

色々なところに連れて行った。

我が子の笑顔を見ることが自分の幸せだった。

他に望むことはなかった。

我が子の笑顔が世界で一番の感動だった。

それが親というもの。

子育ては大変でも、こんな一瞬のよろこびが

全ての苦労が一瞬にして溶かしてしまうほどの力を持っている。

It is hard but worth it. (大変だけどすごい価値がある)

と思える。

 

子供が成人すると

さて子育てを終えた親はどうだろうか。

子育てが一段落して

自分の人生を生きるぞ〜!と意気込んでみても

 

すでに体力の衰えを感じ😅

怪我の回数が増え

自由が阻まれ行きたいところに行けないとか

やりたいこともなんでもできるわけではない。

それに・・・行けたとしても

やれたとしても・・・

 

もっとも悪いことに

何にも対しても感動がない。😅

 

ナイアガラの滝も

「うわ〜!すごい迫力!」とは思ったけれど

これでどのくらいの水力発電ができるかなどの方が気になった。

何世帯の電力ニーズを賄えるか、なんて・・・。

夢のない話よね。全く。

 

私は全米大陸をすでに横断している。

西から東、北から南。

どこを見ても取り立てて感動するものはなかった。

綺麗だなと思うところはあった。

でも感動するほどのものではない。

アメリカは新しい国。

だからただの生活するところ、といった感じ。

 

行っていないのはアラスカとハワイ。

だから行ってみたいという気はある。

でも多分なんとも思わないのだろう。

どうせただの大きな自然。

アメリカにはこういう雄大な自然がたくさんある。

でもどれも「ふ〜ん」だけ。

どうってことないと感じるに違いない。

見たからだからなんなの?って感じ。

 

旅行よりお芝居

そんなわたしも

お芝居を観るのは好きで(映画じゃあなくて舞台)、毎年数回子供たちと行っていた。

自分も好きだったけれど、

行った理由は自分の子供に文化的な人間になって欲しかったからだ。

アメリカは金儲けが一番大切な国でお金が神様というのはこの国に関しては当たっている。

文化的な活動は二次的なことで実際必要ないと思っている人もたくさんいる。

それを象徴するように、例えば大学では商学部の教授と一般教養の教授ではもらえるお給料がかなり違う。要するにお金儲けに直接つながる分野が収入が高い。

たとえこの国にブロードウェイがあっても、一般市民の文化面における平均知能指数が低いのは常に目の当たりにさせられることだ。

 

反面教師

実は自分の夫もそんな家庭に育った。

姑は代々歯科医の家に生まれ育った。でも先天的な健康問題があったため、全く異なる家庭からきた男性を結婚した。要するに誰でも良かったのだ。実際に、しつこく押されたから根負けして結婚したと言っていた。姑はマナーも良かったし淑女の代表のような女性だった。外見も美人だったからまさに美女と野獣のカップルで、相違点の多さから当然結婚はうまくいっていなかった。

淑女である姑は文化的なことを大切にし、自分の子供たちにも文化的な事柄に触れさせるようにしていた。けれでもそれに賛同しない敵が同じ家にいたわけなので、常に反対に遭い諦めることが多かった。

義父によると、「金にならないことは無駄」。

超現実的。😅

確かにそれも一理あるのかもしれない。でもだからか、彼は殺伐とした性格だった。

貧乏を絵に描いたような境遇から来た男性と淑女のカップル。それが彼らだった。

でも舅のような人が平均的なアメリカ人であることに気づくのにそんなに時間は掛からなかった。

 

私はそういう国に住んでいて、経済的自立はとても大切だけれど品のない金の亡者になってほしくなかったから情操教育のために様々な経験を積ませた。

そして子供たちの感動を共有し、それが自分の喜びであるとみなした。

 

現在

でも今は

その喜びは跡形もなく消え、

日々の日課を淡々とこなすことだけに集中しており

その日の中に感動を探そうとする努力さえやめてしまった。

 

自然の多い場所に住んでいるから

自然の感動とかあるように思われるかもしれないけれど

この自然も毎年同じで子供の時のような感動はない。

ただゆっくりと時は過ぎていくように感じられるけど

自分の年齢はどんどん行っていることから、実際の時間の速度は結構速いことは確かだ。

 

こんな時、子供を追いかけ回して人生が終わってしまったと感じる。

母にはよくあることだ。

 

特に感動することはなくても

それでもいいかと、最近は開き直っている。

静かに時が過ぎていき人生に思いを馳せる時も必要。

 

激しく感動するものはなくとも

小さな目立たない喜びを見つけれるならそれもありかと思う。

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庭で拾った松ぼっくり。わびさびの美。

 

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ミントが顔を出した。春の伊吹は小さな感動の代表かも。

 

自分の心がどうあっても

自然は四季を繰り返している。

ただ静かに自分の人生を生きている。

 

小さな発見に大きな感動はしなくとも

一瞬笑顔になれれば、それを感動と呼んでもいいかもしれない。

そもそも、大きな感動を期待する方が間違っているのだろう。

小さな日々の変化に気づける人になりたいものだ。

 

親という大きな経験と試練は人を変えてしまうほどの力を持つようだ。

一時期は好奇心旺盛だった私の目は今はキラキラなどしていないに違いない。

きっと曇っている。

 

でもその曇った目の中に眩しい太陽が顔を覗かせることもある。

でも眩し過ぎて顔を背けることの方が多い。

 

まだ感動や躍動に包まれている我が子から見ると私たち夫婦はつまらない人間かもしれない。

でもこれでいいのだ。

これが子育て後の親のたどり着く果てなのだ。

怒涛の子育てから解放されて

今、静かに心を休める時。

一旦これが落ち着けばいずれはまた好奇心も出てくるかもしれない。

 

ドクダミママ至言

子育て後は感動の機会がグーンと減る恐れがある。

でもそれは数ヶ月か数年で、

その後子供抜きの楽しみを見つけることも可能。

ただ、それは意識的にしないと訪れないことが多い。

楽しみがなければ生き甲斐もない。

生きがいのない人生はつまらないものだ。

子供以外に生きがいのない親は子供が巣立ってもずっと子供のことを考えている。

それははっきり言って惨めというもの。

だから今から他の生きがいを探したほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海外で育つ子供は別物

このサイトにお越しくださる方に海外在住の方が多くおられるようなので今回はそのことについて触れたいと思います。

 

見かけは日本人っぽくても・・・

海外で生まれ育つ日本人(民族)の子供たち。

親は日本人。

でも子供は日本人ではない。

たとえ日本語を話しても、

和食を食べても、

さまざまな生活様式が日本的でも

見かけは日本人でも。

彼らは根本的に育った環境の中の主な部分を占めるその外側の環境である学校や友達の影響を強く受けている。(日本人学校にフルタイプで通っていたら話はちょっと別ですが)

だから彼らは日本人ではない。

海外生活が長ければ長いほどそうなる。

行動様式も言葉遣いも、全てを住んでいる国に順応させなければ村八分もある。

だから継承文化を捨てるしか生き残る術がないと潜在的に理解しているのだろうか。

 

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マナーが悪いぞ!!!

(出典:https://www.makeandtakes.com/the-teaching-children-table-manners-game

アメリカの美徳

私の住んでいてるアメリカという国は

自分を打ち出し、目立つ行動を美徳とする国だ。謙虚?どなたが謙虚?

それはこの国では美徳ではない。

背骨は丸めず、ヘコヘコせずに、シャキッとして自信に満ちていて、

真っ直ぐに相手の目を見て話すことが尊敬される人のすること。

弱そうにしているとバカにされるし利用される。

だからだんだん気がつかないうちにジャングルの野獣人間になっていくのだ。

 

それが嫌でやっぱり日本式まで行かなくとも丁寧に喋るくらいはやりたい。

でも丁寧に返すと相手はどうしていいかわからなく困惑したりする。

それでまたアメリカ式話し方に戻したりしてみるけど、そこまで落ちるのが嫌だと思うこともあり、やはり丁寧の方がいいという結論に達した。

さらに発見したことは、丁寧な態度で丁寧な言葉遣いは意表を突くには戦略的に効き目があるということだ。

「理解できない人間」のふりをするのだ。

そうして自分の望み通りに持っていく。

でもだからと言って自信のなさそうな態度は当然マイナスなので満面の笑顔で何も言わせないかの如くにこれを実践するようにしてる。

これが日本から来た自流の生き延びり戦略。

そしてやっぱり、同等の態度で臨まないといけない。

 

ここでは目上の人に対する態度などというそんな表現もあまり聞いたことはない。

そもそも言語自体が日本語のように謙譲語とか尊敬語とかそういう複雑なものがない。

もっとも丁寧な言い方というのはある。でも日本語のそれとは複雑性において比較にならない。

アメリカは新しい国でカジュアルな文化なのだ。

そういう文化が楽でいいと思うときもあるけれど、不快感を覚えるときも多々ある。

若い20代の母親でも自分の母親の代の女性に対しても尊敬を示すような話し方をしないのが普通だ。どこでも誰にでも同等という感じがする。

私も実はそういう経験が多くある。個人的には、国や文化の相違を超え、子育ての経験が多く長い年上の女性に対しては、外側だけでも尊敬の意を示すべきだと思うのは自分が日本人であるからなのか。

でも若い女性だけではない、そもそも名前だって自分の子供の友達も私に対してファーストネーム呼びが普通。それがいいとか悪いとかいうつもりはない。ただ文化の違いというだけ。

でも我が子には、親と同じような年齢の人にはどんなに仲が良くなっても丁寧に話すようにと言ってきた。「ヘイ、ヘレン」ではなくて、「ハロー、ミセス・ジョーンズ」と英語の教科書通りを思わせるような言い方をすれば絶対に間違いがないと言ってきたので、それは習慣化したようだ。

それでもやっぱり彼らは根本的に日本人ではない。

子供のアイデンテイテイとは育った国の文化に強く影響される。

だからそういう「目上の方」などという概念に常には従えない。

頭にも浮かばないらしい。

親に対してだってそうだ。

 

我が子は親に対して言いたい放題。

尊敬?

(外国から来た親だし)

絶対されてなんてないように感じている。

 

何が嫌かって?

最も嫌悪感を感じてきたのが実はこれ。

西洋の言語に共通することは、文章の最初にほぼ必ず人・物を指す名詞および代名詞(つまり人名など)がつくこと。二人称の時は”You”を必ずつける。主語は省略しないのが原則(例外はあるけど)。

日本ではこれは異なる。普通は人の名前をはっきりいうか、親のことをお母さん・お父さんなどと呼ぶのが普通だ。

または、主語を飛ばしていきなり”ねえねえ”と話しかけたりもあり。

でも英語では、最初に呼びかけるときだけ"Mom""Mama"呼びだけどそのあとはずっと

”You"だ。

この”You"だけど〜・・・なんとも小憎らしく、生意気な響きがすることがある。

これを和訳すれば”あなた”となる。

親に向かって”あなた”なんて・・・ちょっとね・・・。

でも子供が機嫌が悪い時は、これが”あんた””おまえ”(とか”てめえ”)という感じに

どうしても聞こえてしまう。

だから親はカッチ〜ンときて当たり前なのだ。

次男は母親に対して”君”とか言っていた時代もある。

”君”ですか?

アニメでも見てTPOを理解していないで使っていたのだろう。

それにしても”君”なんて・・・

わたしはあんたの部下じゃあない!!!!

 

そもそも子供に日本人の子供のような振る舞いを望むことが間違っている。

それでも親は何年海外に住んでも日本人であることには変わりがない。

日本の国籍を喪失しても、中身は日本人ということだ。

だから、我が子の醜態には目も当てられない、というのは本音。

しかし、家庭より大きな影響力を持つこの社会に影響され親の出る幕がなくなった場合は

みんな泣く泣くあきらめるようだ。

 

とても我が子とは思えない・・・。😰

 

他の民族

ところがアメリカに住む他のアジア系はちょっと違う。

中国系の知り合いが結構いるが、日系と子育てが異なると感じている。

実際、中国系の子供たちの友達は中国系が大多数を占める。

親は子供の言動に目を光らせている(これは日系も同じだけど)。

中国系の子供の友達には中国系の親がいて中国系の親戚がいてみんな同じような見解を持っているケースが多い。

つまり、子供の環境を全て中国の文化で固めて逃げれないようにするのだそうだ。

だから彼らはものすごく民族意識が高い。自分たちで固まり、その文化を継承させるための戦略を崩さない。

反対にハーフを含めた日系はこの部分が異なる。

日系アメリカ人(ハワイを抜かして)の友達は白人が多いか、雑多、つまり誰とでも友達になる。宗教も関係なし。だからよく言えばコスモポリタン的なのだ。

しかし、これだと民族意識が弱まる。

親の影響力も下がる。

そして何故か、日系は白人文化にくっついていく人が多い。

これは中国系の友人によると、絶対ありえないらしい。

中国系の家庭では、その辺の白人(エリートを抜かす白人)の真似をするな、

と教えているそうだ。

「真似をしたらお前の人生は終わりだ!」とも言っているらしい。

 

さらに、ハーフを含めた日系と彼らの大きな違いは、最終的には親に従うということ。

大人でも従う。

ここにも大きな違いがあると感じている。

 

他にお金持ちの家の例も日本の方が思っているのとは異なる。

そもそも、アメリカでの金持ち(ハリウッドを抜かす)というのは日本にお住まいの方が思っているほど考え方がオープンでもなく、結構伝統を大切にする人が多い。そして子供には厳しい。つまり財産があるうちの子息がめちゃくちゃなことをするならその家は落ちぶれてしまう可能性が上がることから厳しくなる。だから家と財産を守るためにも、勝手な行動は許さないのだ。かといって自由がないわけではない。自由があってもそれは限界のある自由であってなんでもござれというわけではない。譲る部分と譲らない部分がある。心ある親は一応「相談」にも乗る、でも全部子供の言いなりというのはまずありえない。

ついでに大反抗し家名を傷つけ、ずっと反省しない放蕩息子には、財産を相続させない親もいる。反抗に付随する損失は大きいということをアッパークラスの子供はなんとなくわかっているようだ。

資産がある家は、刑務所に払う罰金もOK。でも何度も問題行動を起こし反省しない人間には厳し態度が目立つ。

自分の知り合いにも金持ち族がおり、子育ては一般的に厳しい。結婚相手にも当然口出しをする。娘にも、それ相当な家柄の相手をしっかり大学で見つけてくるようにと言っていたりする。だから親が認めるような友人(将来の伴侶を含め)が見つかりやすい大学に送り込む。特にユダヤ系。ユダヤ系はだからか子育てに失敗が少ない。

ユダヤ系は世界の金融市場を握る大金持ちの集団なのだ。家名を守るために伝統を継承するために、子育ては「おおらか」や「のんびり」からはかけ離れている。

特に宗教を実践しているユダヤ系(レベルの差あり。でもアメリカではほとんどが実践している)は、モーセの十戒を子供の頃から教えている。

そしてこの中に子供の親に対する心掛けがはっきりと示されている。

 

あなたの父と母を敬え。(旧約聖書出エジプト記20:12)

あなた方は、母と父を恐れなければならない。(旧約聖書レビ記19:3)

あなたの父と母を敬え。(旧約聖書申命記5:16)

 

これだから育て方が根本的に異なる。😓

それでもってみんな結構ちゃんとこれを守る人が多い。

守らないということは、神に対する誓約を破ることになり、神に対して罪を犯すことになる。

それは恐ろしいこと。

真剣な約束事なのだ。

 

でも日系の子息の子供たちの友達は通常はそういう家の子供ではない。そういうのは全く気にせず、雑多友人関係を築くケースが多い。そしてそういうのに囲まれているから同じような人間に育つ確率が上がる。

 

父と母を敬え〜?

何を時代錯誤なことを言っているのか?

と答えるのが目に見えている。😓

 

我が家の子供もひどい・・・

もっとも、我が家はアッパークラスではないし、優秀なユダヤ系や中国系でもないので、

雑多友人関係でも別に構わない。

ただ

食事のマナーも姿勢も、喋り方も全てが頭を抱えるほどひどかった。

でも以前はとても良かった。長男が大学に入りたての頃は、周りから欧州からの”留学生”と思われていたらしい。どんなアッパークラスの御曹司かと誤解もされていた。しかし、その後荒い友達とつるむようになり、朱に交われば朱くなるというようにあっという間に下り坂を駆け降りていった。

ついでに、自分がいかにアメリカ文化に合わない人間で、そういう人間に教育された!と長男は長々と文句を言っていた。そう、なんでも母親のせい!😅

 

家でしっかり教えても、学校という組織と社会と友人に汚染され親の影響は影に消える。

親の努力はなんだったのか?なんて思うことは日常茶飯事。

 

確かにこういう親の嘆きはこの国ではよく耳にする。

友人の一人に南米出身で英国生活が長かった人がいる。米国に来てからの自分の子供達の振る舞いには目も当てられないと言っていた。

 

他の文化を目にするともっと嘆きたくなる。

先日日本の小学校の1日を撮影する動画を見た。どおってことない当たり前の日本の小学校。

でもずっとアメリカに住んでいる自分から見るととても当たり前には見えなかった。

我が子は彼らと同じことができない。

この住んでいる国の文化に染まり、日本の文化を受け継いでいない。

悲しいことだ。

 

そうやって’文化のない文化’のアメリカ人になっていく我が子を眺め

憂うのは日本人の親のさだめなのだろうか。

 

結論的に言えることは、

子供がちゃんとしていないのは親だけのせいではない!

環境もかなり大きい。

特にこのアメリカという大雑把でうるさくて乱暴な文化の国。

親の出る幕などないかのよう・・・。😭

 

ドクダミママ至言

海外(特に北米)で育つ子供は、よく言えばおおらかになるかもしれない。

でもザツにもなる確率も高い。

自立を重要視する国なら親に対する態度もでかい!

だから日本のやり方は通じないのだ。

その国の親のように子育てができないら、子供が反抗する可能性も高い。

でも日本人の親は所詮日本人。そんな簡単に変われない。

変われなくても仕方がない。

できることは半分諦めて手綱を緩めること。

海外で育つ子供をどうにかしようなんて負け戦が見えているのだから。

負け戦に挑むなんてエネルギーのムダ。😅

 

でも希望はある!

実は、さんざん文句を言っていた例の長男は社会人になってからこんなことをいうようになった。

つまり、

”紳士になるように育ててくれてありがとう。会社の人からみんなそう褒められる”と。

ということは、

いつかは親の努力が実を結ぶときが来るのだ。

いつか、親が正しかったということがわかる日が来るのだ。

ただその”いつか”が問題なんだけど・・・。😅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え尽き症候群への対処


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子育てを頑張りすぎるとこうなる。

(出典:https://www.lifehacker.jp/2014/03/140329_3_types_of_burnout.html

燃え尽き症候群という言葉を聞いて、ハッとした。

もしかしてこれって自分のこと?

つまり、子育てで燃え尽きてしまったということ。

家庭生活にも結婚生活にも燃え尽きた感じ。

アメリカ生活にも燃え尽きた。

ずっと、ずっと頑張って、これ以上頑張れない。

 

燃え尽きるとどうなるかというと

脱力感とか、倦怠感が付きまとう。

これがもっとひどくなると”ウツ”らしい。

ウツは回復するのに最低2〜3年かかるらしい。

このウツとはなんだろうか。

”ウツ’とは気分障害の一種。抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥、食欲低下、不眠、持続する悲しみ・不安などを特徴とした精神障害だそう。

 

自分にはこの中で、意欲・興味の低下、焦燥が当てはまっている。

持続する悲しみはどうだろうか?それって自分の人生の大きな部分を失った悲しみ・・・かな?

でも、おそらく自分が感じているのは’悲しみ’ではないと思う。

ただそれを言葉で表すことが難しい。

 

わかっていることは脱力感から抜け出せないでいること。

やっぱり燃え尽き症候群。😓

 

とてもきついことが長く続くと人はこうなる。

壊れた心はなかなか治らない。

心は風船ではなく空き缶らしい。

風船はまた空気を入れれば元に戻る。

缶が凹むと元には戻らない。

内側から押せば少しは元に戻る。

でも傷の跡は残るし、完全に凹みを直すことも難しい。

心もそれと同じ感じ。

 

そういう時は逃げてもいいと思う。

心が危険状態になったら逃げてもいい。

誰もずっと頑張り続けることはできないのだ。

頑張り続けるなら空き缶はぺしゃんこに潰されてしまう。

 

そうならないために逃げる方法を考えよう。

あなたの逃げ道はなんですか?

 

燃え尽き症候群は危険信号。