2010年のミシガン大学卒業式でオバマ元大統領がスピーチ。このスタジアムを囲んでいる観客席に親が座り教授陣と卒業生は舞台の下にいる。(全員は見えない)
(出典:https://obamawhitehouse.archives.gov/blog/2010/05/03/because-i-believe-you)
卒業式キャンセル
コロナウィルスがパンデミックと発表されるとほぼ同時に、ミシガン州の知事が「非常事態」を発表した。そのため住民がパニックに陥ることになった。
そして今日、娘の大学の卒業式がキャンセルされた。
今日は3月13日、卒業式は5月2日。
まだ随分先のことなのに。
卒業式がキャンセルなら卒業費や卒業ガウンや帽子の代金も返金されるのだろうか。
I'm so sad! I'm so mad!
娘はショックを隠せなかった。
でも娘よりもっと悲しいのは親だ。
卒業式は大切
卒業式は人生の節目の一つであると思う。
そして卒業式の必需性は本当は卒業する本人ではなくて
ここまで育て上げて高い学費を出した親の心をねぎらうためにあると思う。
だから大切なのだ。
5月にできなかったら6月でいいからしてほしいものだ。
娘の大学は全米の州立大学の中で最も学費が高い。
その学費を出したのは他でもない母親であるわたし。
このパブリックアイビーリーグ大学に入れるように限りない援助をあげたのもわたし。
入学後も様々なアドバイスをあげたのもわたし。
だから当然、親の労力に対して公式に感謝をしてくれもいいでしょう?
卒業式は、広いスタジアムで感無量の他の何百万という親御さんたち(と家族と友人)と同じ気持ちを共有する時なのだ。スタジアムのベンチから若い卒業生が入ってくるときの迫力と歓声とそこからもたらされる圧倒されるようなエネルギー。それを経験したいのだ。親はそれを目の当たりにすることにより。これからの我が子の人生が希望に満ち溢れたものになると確信を抱けるのだ。
わたしはそこで、頑張った卒業生たちと彼らを支えてきた親全員に拍手を送りたい。
卒業生の満面の笑みを見て感動を共にしたい。
でもそれがなくなる。
非常に悲しい。
節目
こんな風に人生には節目があり、子供の人生には節目が多い。
その節目節目で親は感無量になる。
なぜなら・・・
親業は非常に大変だからである。
その節目で今までがどんなに大変でもこの瞬間を見ることによって親は過去の苦労と涙に意味を見いだすことができるのだ。全ての苦労が苦労でなく見えてくる。涙と共に苦労が溶けていくのだ。
我が子の多くの節目が脳裏をかすめ、今こんなに立派になった姿を目のあたりにし、心からの幸せを感じるのだ。
It was worth it.
子育ては価値あることだった。
と思えるのだ。
だから節目は大切であると思う。
注:最優等生は首から金(黄色)のタッセル(ひも)を下げていて、優等生は銀のタッセルを下げている。他種のタッセルはオーナーソサエテイのメンバーシップを示すもの。
ちなみに女子学生の方が成績がいい。汗。
でも卒業後は男子学生の方が社会での成功を収めている。
この現実は何を物語っているのだろうか?