アメリカは復活祭のシーズン。
私も子供たちのため卵狩り(egg hunting)を毎年計画した。
子供たちは覚えているだろうか・・・。
こうやってわたしたち夫婦は子供たちのために多くのことをした。
そのことを何と思っているのだろうか。
多分それは「親としてすべきことで大したことではない」と思っているのだろう。
それよりも、きちんと満足にできなかったことを挙げ連ねているだろう。
それで思った。
子供の親に対する評価は厳しいと。
親がしたことの90%がまあまあでも、残りの10%がマイナスなら、
彼らはそのマイナス面だけを覚えていて、
そのマイナス面を逆手にとって親を攻撃する。
1割だけがダメでも100%ダメ親という風に。
それはまるで残りの90%はカウントされない如くだ。
厳しい。
最近の若い人に多い現象だ。
ネット環境もよろしすぎて異常な量の情報が入手可能だ。
その意見の多くは彼らの味方で、全てが親のせいのようなことを言っている。
確かに親が完全とも当然言わない。
その10%の無作法は確かに当たっている。
でもだからといって、残りの90%はキャンセルっていうのも大袈裟な気もしないではない。
子供は厳しい。
我が家の子供たちも厳しい。
親は神の如く完全でないといけないと思っているようだ。
でもそれは無理。
今日は復活祭で、救世主が死から蘇った日。
甦りを象徴する行事が西洋では行われている。
卵が登場する理由は春は鳥が孵るシーズンだからだ。
だから彩色した卵を探すゲームをするのがここでの習わし。
楽しかったあの時代。
時の彼方に消えてしまい自分の脳裏にはただの幻でしかなく。
子供たちにはただの過去。
でも、そこには我が子に対する愛情が潜んでいた。
子供時代を楽しい思い出でいっぱいにしてあげるためにやっていた。
でも当然、親にそんな思いがあったことを子供たちは知らない。
誰が何と言おうと、その気持ちをおわかりなのが神様。
その慈愛にすがりながら、
この復活祭を境に新しい人生を生きることを誓おう。
ドクダミママ至言
子供の親を裁く基準はとても厳しい。
だから毒親呼ばわりされてもそれはよくあること。
親は所詮それなりのことしかできない。
ただ反省はできる。
過去を反省し、そのあとは振り向かず、新しい自分を生きる。
その努力だけで神様は良しとされる。
ハッピーイースター。