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ドクダミママ至言

母業落第の果て:もっと早く知りたかった子育てへの答え

子育ては修行

子育てとは

一言でいうなら

修行!

 

そして修行というからには

悟りに至るまでに長い年月を要し、

悩みがつきもの。

 

だから楽して修行はないのだ。😭

 

そうそう。

いやでもなんでも

僧侶の通る険しい苦行なのである。😭

 

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修行中のワンちゃん(出典:http://shu-darvish.com/2016/06/22/kenjyamode/

 

修行はエゴを捨てないといけない

修行たるものに興味のある人は出家してお坊さんを目指したりする。

でも実際にその道を歩みたい人はどのくらいいるのだろうか。

あまりいないに違いない。

だって大変そうだし・・・

何よりも

修行の道に入ると、この世を捨てないといけない。

そんな事凡人ができるか???

 

でも修行の道に入ったらこれは必須なのだ。

その理由は

自我がたくさんあると修行が苦しくなるから。

 

同様に親もエゴを捨てないといけない。

自分の夢も捨てないといけないことも多い。

外見も自分の健康管理も捨てないといけないくらいの場合もある。

オシャレなんていう言葉が実在することさえ忘れてしまうこともある。

自分が女性であることよりも母親であることの方が大切なのだ。

そしてこの修行にどっぷりと浸かり、悟りに向かって前進していく。

 

ところが!!!!

悟りはそう簡単にはやってこない!😣

 

悟りはなかなかやってこない

だからその経過が苦しい。

 

けれどもあなたはこの子育てという修行の道にサインアップしてしまった。

すでに遅し。

簡単には抜けられない。

あああ〜なんという! 

後悔!

 

実はわたしも親になったことを後悔したことがある。

それも何回も。

だいたい親業が修行だなんて思っていなかった。

子育てがこんなにも複雑で困難であるとは全く認識していなかった。

可愛い我が子が反抗するなどとは思ってもいなかった。

確かに巷ではそういう話もあるとは知っていた。

でも我が子がそうなるとは夢にも思っていなかったのだ。

親の犠牲と愛に対してなんちゅう叛逆!!!!

 

こんなことを言えば、子供たちは恩着せがましいというかもしれない。

そう。

そんなことは”絶対”言ってはいけないのだ。

親が勝手に始めたことなんだから。

それでも納得がいかない。

 

といつもこんな考えが頭をよぎっている。

だからわたしは悟りに至っていない。

すなわち修行が終わっていないのだ。

 

悟りはいずれやってくる

悟りとは、迷いの世界を超え真理を体得すること意味する。

また理解や気づくことでもある。

 

その悟りはいずれやってくる。

ただ悟りは人によって異なることが多い。

実はわたしにも訪れた。

でもそれは真実の悟りではなく現時点では「仮悟り」でしかない。

 

つまり、わたしのたどり着いた「仮悟り」とは、

 

1。子供は別人格の人間で親にはコントロールできない。

2。その別人格を認めてあげないといけない。

3。子育ての目的は実は子育て自体にあるわけではなく、親の人格の向上にある。

4。(最後の極め付き!)人生には自分の努力だけでどうにもならないことがある。😭

 

子育てをしていて自分が根っから日本人であるということを感じされられる事が度々あった。武士道に代表される「日本人魂」、つまり最後の最後まで諦めない、というような生きる姿勢は自分の全細胞にしっかりと刻み込まれており簡単には消すことはできないと感じていた。つまりこの「日本人魂」は先祖代々から受け継がれてきた自分の遺伝子に組み込まれているということを認識させられるのだった。

だから不可能を認めたくなかった。でもとうとうどうあがいても認めざるを得ない状況に陥り、仕方なく白旗を掲げる羽目となった。

そして悟ったのである。

 

白旗は"defeat"つまり敗北とか挫折を意味する。

自分の人生はまさにそれだ!

そう感じていた。

今も時々そう感じる時がある。そして悲嘆にくれることも完全には消えていない。

それでも最近は、仮の悟りを得たことで、これは勝利であり敗北ではないのかも、と思えるようになってきた。

 

ただそれが悟りとわかっていても100%受け入れることを拒否したい自分もそこにはいる。

人間とは頑固で、なかなか経験から学ばない傾向がある。

自分にもそれが当てはまる。

 

それが自分の更なる「仮悟り」だった

 

子育てイコール自分発見

子育ては自分発見につながる。

つまり自分の弱点をまざまざと見せつけられる機会なのだ。😭

 

ここでその弱点を認め、改善しようとするなら自己の向上につながり益もある。

でも認めないなら、改善もなく、再度同じようなことを繰り返す可能性も高く、

結果的に益は全くない。

 

我が家の子供達は、人間として欠けたところが多い親の姿に気づかせてくれるためにここに来てくれたのだと思う。

この修行に付き合ってくれて親のプライドやエゴを粉々に砕く手助けをしてくれているのだ。

それを思うと文句ではなくて感謝の言葉でも出てこなければおかしい。

 

でも現実は違う。😞

だから今も修行中である 。

 

最終的なご褒美

本格的な悟りを得られた暁にいただけるごほうびとは

他でもなく

「どんなことがあっても動じない安定した精神。」

それがわたしたち親を待っている。

 

それを楽しみにこの修行の機会を感謝して精進に励む事こそ

親の道かもしれない。😁

 

ドクダミママ至言

子育ては修行!

悟りに至るまでに長い年月を要し悩みもつきもの。

だから楽して修行はない。

人生には自分の力と努力だけでどうにもならないことがあることを認めること。

 

子育ては自分の弱点をまざまざと見せつけられる機会。

ここでその弱点を認め改善しようとするなら自己の向上につながる。

 

子供達は、人間として欠けたところが多い親の姿に気づかせてくれるためにここに来てくれた。

親のプライドやエゴを粉々に砕く手助けをしてくれている。

 つまり目的があって特定の家庭に送られてきたのである。

 

悟りを得られた暁にいただけるごほうびは

「どんなことがあっても動じない安定した精神。」

これを楽しみに精進に励めもう!!