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ドクダミママ至言

母業落第の果て:もっと早く知りたかった子育てへの答え

普通になんてならなくていい!杖を使いこなせばいいだけ

つくづく思うけど・・・

標準とか普通のレベルって一体誰が決めたのか。

マジョリティがそうなら・・・つまり国民の60%以上がそうならそれが標準で

それが普通で

それに入らない人は”おかしい”ということになるのだろうか?

普通じゃあないということ?

 

学習及び発達障害児を持った親はこの’標準’レベルにない我が子をものすごく心配しやすい。

世の中に合わない我が子。

普通じゃない我が子。

これからどんな苦労が待ち受けているのだろうか・・・、と。

心配は耐えない。

 

どうして他の子供のようにできないの?

と言いたくなる気持ちも’痛いほど’わかる。😓

でも・・・言ったところで何が変わるものでもない。

 

多数派じゃないことがそんなに怖いのだろうか。

確かに多数派じゃないと生きにくいというのはある。

でも・・・多数派に無理やりさせることの方が危ない気がする。

それに・・・無理やりさせるなんてほとほと無理!

 

多数派じゃあなくていい。

親はそういうことが大切だと言っている世間を無視する勇気が必要なのだ。

 

子供の自尊心をつぶしてまで世の中に無理やり合わせることが優先順位なのか

それとも

子供の幸せが優先順位なのか。

子供の幸せが優先順位なら、世の中の声は無視しないと子供が犠牲になりかねない。

 

だから親の心配は一番良くないこと。

心配しても他の子供と同じになんてなれない。

 

ただ視覚障害者に杖が必要なように

彼らには’世渡りの杖’が必要なだけ。

それだけのこと。

 

この世渡りの杖とは

弱点を補うもの。

例えば多動症の子供を例にとるなら・・・

薬。

自分に合うプランナーを見つける。

自分なりのメモの取り方やオーガナイズの方法を見つける。

自分に可能な部屋の片付け方を見つける。

さまざまな面でモチベーションが上がる楽しいやり方を見つける。

など。

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https://www.dailymail.co.uk/health/article-1357878/Blind-boy-2-Lebers-Congenital-Amaurosis-deal-tutting-passerbys.html)

うちの長男

私の長男はADDおよびトーレット症候群だった。

学校では’キチガイ’扱い。

しっかりいじめられていた。😅

時々学校に顔を出すと、息子を”変人”と呼んでいる男子生徒を見かけることがたくさんあった。そんな時、母である自分は当然むかー!と来た。

ヘイ、ユー!いじめるなら代わりに私をいじめてごらん!

そんな勇気がないんなら息子をいじめるな!

と心の中で叫んでいた。

 

あの当時息子は・・・

授業は全くと言っていいほど聞いていない。

提出物は出さない。

机の中も外もめちゃくちゃ。

やりたくないことは徹底してやらない。

座っていられない。(これはだんだん改善していったけど・・・)

などなど。😅

 

担任からは常に呼び出しか電話連絡があった。

 

でも薬は摂らせなかった。

それはチック症が悪化する可能性を恐れた事による。

それでも’やっぱり薬しか手段はないか・・・・’としばしば感じることが多かった。

 

コントロールできない我が子をコントロールしようとする母。

親子の関係は悪化するばかりで

忍耐を試される日々が続いた。

毎日が極度のストレスだった。

 

それでも・・・いつも言い続けた言葉がある。

他の子供と同じになんてならなくてもいい。

あなたは天才なんだから。

天才は天才の道を歩むべき。

天才は普通のことは苦手。

それが普通。

でも世の中で生きていくには弱点となるので

その弱点を補う杖を見つけないといけないのよ。

 

彼にポテンシャルはかなりあると見ていた。

問題は親としてどうやって彼のポテンシャルを伸ばしてあげるかだった。

それにはやっぱり杖が必要。

だから一緒にそれを見つける努力をした。

 

だけど不思議なことに・・・年齢が上がるにつれて彼の衝動性などは落ち着いてきたし自分で自分の特性を認識し、弱点克服の助けになる杖を自分自身で発見できるようになってきた。

チック症は高校生の年代で消えた。

他のトーレット症の症状も消えた。

別に何もしていない。ただ消えたのだ。

 

彼は知能検査でIQが160もあった。

読書は大好き、でも学校の課題は嫌い。

基本的に学校に合わないタイプなのだ。

だから小学校も何年も休学(出たり入ったりの繰り返し)。

中学中退。

高校も1日も行っていない。

でも親は全く気にしていなかった。(ほんとです😅全くです!)

それで16歳でいきなり大学に行き始めた。

試験を受けたら大学のレベルに達していたから大学側がクラスを履修させてくれることになったのだ。(それまでは家で自分で勉強していただけ。でも引きこもりではなかった。)

問題は全くなかった。

成績も申し分なかった。

 

なぜかいきなりやる気が出てきたようだった。

多分、精神も脳も著しく成長してきて大人に近づいてきたことが理由の一部であると思う。

相変わらず集中力の問題は多少まだ残っていたけれど、興味分野なら頑張れるタイプなので

あまり問題になっていなかった。(ADD・ADHDの子供は興味があればものすごく力を発揮することができる)

 

大学で彼は花が開いたのだ。

でも・・・これでこの先はもう大丈夫と喜んでいた矢先思わぬことが起こってしまった。

18歳でマサチューセッツの某大学にトランスファーしてから、そこでゲイ・アイデンティティに目覚めフラフラ人生が始まってしまった・・・。そしてまたしても集中力ゼロの人生に舞い戻り。でもまあ今思えばあれはちょっと自分発見の旅に出ただけのことだったのだ。

あれから右往左往して、サラリーマンも経験して、やっぱり学問をすると自分で決めたらしく、大学院に入った。

 

現在は修士号課程で成績はオールA。その後博士号に進む予定。

子供の時から研究職に向くんじゃあないかしらと思っていたので本人の決断に驚いてはいない。真面目にやっているし、集中力もバッチリ(好きなこと’だけ’を勉強しているからADDでも問題なし)。生活習慣の方は以前より遥かに良くなっている。やっぱりその面は得意ではないけど、自分の使える’杖’を活用して生活は一応機能しているようだ。

当然親とは暮らしていない。

 

長男を見ていて思うこと。

 

心配しなくとも

いつかどうにかなる!

 

そもそも

標準って自分が決めること。

普通って何を指して普通というのか。

自分の物差しで決めていいと思う。

ついでに何歳までに’これこれ’ができないといけない、

とかこういう凝り固まった考え方も捨てるべき!

 

そして親としてできることはこれだけ。

お前は天才だよ!!って言ってあげること。

 

ドクダミママ至言

我が子に’普通’になってもらいたいなんて願わない方がいい。

普通にしようとすると、自尊心がつぶされてしまう可能性が高まってしまうから。

他の子供と比べない。

その代わりに、強いところを伸ばしてあげて

弱い面には「杖」を使うように助けてあげればいい。

転びそうになる時の「杖」。

その「杖」が上手に使えるようになれば

時々「転ぶ」ことがあっても

大怪我はしない。

将来も心配しなくて大丈夫。

 

最後に親が標準レベルにない子供にいう言葉はこれだけ。

「お前は天才だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

卒親は母熊に学ぼう!

 

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母グマ(グリズリーベア)、我が子に魚のとり方を教える。つまり自立の仕方を教えている。
小熊が可愛い!!!
(https://mom.com/news/25057-momma-grizzly-bear-gives-fishing-lesson)

ミシガンにも熊がいる。

ほとんどがブラックベア。

10%が南半島で、90%が北半島に住んでいる。

ここからカナダに向かって6時間ほど北上すると運よく遭遇することもある。

熊の親子に出くわすこともある。

湖の氷を割って魚釣りをしているのも見たことがある。

釣った魚は子供にあげ、そして冬の魚釣りの方法を教えてあげていた。

 

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ブラックベアの親子。この小熊ちゃんたちも可愛い!!!(https://wiseaboutbears.org/wp-content/uploads/2014/04/bearmamma4-cubsJune-8-2014D200DSC_0055.png)

母熊の卒親方法

母熊の仕事は子供がいずれ自分の力で生きていけるように様々な技術や知恵を教えること。

親の仕事・使命は子供を可愛がることでも楽しむことでもない。

自立の仕方を教えること。

 

母熊は我が子が間違ったことをしていれば厳しく教える。

それと同時に深い愛情で子熊を育み

我が子を襲う脅威に対しても命懸けで戦う。

それが親というもの。

哺乳類は皆同じ。

 

このように慈しみ育て上げた我が子でも

母熊は自然の掟に沿って、その時が来たなら

独り立ちの儀式を余儀なく行う。

お願いだから行かないで!なんて絶対に言わない。

 

母熊の子離れは厳しい。

人間の親にはとてもできない技。

つまり・・・

小熊を森に置き去りにしていく・・・😅

 

人間の親には子供が自立しようとしているのに家に置きたがる人が多くいる。

特に日本人の母。😅😅😅

家を出ることは親を裏切ることでもあると感じている人もいる。

たしかにこんな長い間面倒を見てきたのだから・・・

という気持ちもわかる。

寂しい気持ちもわかる。(ものすごく・・・😰)

 

でも・・・

人間も動物。

いずれ熊のように成人し

自分の人生を歩むべく家を出る日が来ないのはおかしい。

今は親は寂しくとも長い目で見て自立を促すことが最も適切な行動なのだ。

 

動物界ではどの類も子供はいずれ皆巣立ちする。

人間だけがイマイチ上手に巣立ちができない。

最も悪いことに親も上手に巣立ちのサポートができなかったりする。

 

それは親が離さないというのも一理あるかもしれない。

一つは子供の失敗の可能性を心配するから。

もう一つは親側の依存症。

 

家に置いておくと成長を阻む

失敗してもいい。

失敗を恐れていては何も始まらない。

 

家で野良りくらり何もせずに暮らしている成人は

家を出るべき。

 

もし経済的に絶対に無理でしばらくは家にいないといけないなら

家のルールに従うことが条件。

上げ膳据え膳で親を使用人扱いして平気なんてあり得るわけがないのだ。

 

一日中目的もなしにネットサーフィンなんて選択肢にあること自体がおかしい。

なんかできるでしょう?

子供だって家庭という小さな社会の一員。

その社会が正常に軌道するために自分の役割を果たすことは将来の自立に向けても大切な教育なのだ。それはちょうど母熊が子熊をトレーニングするのと似ている。

 

子供をそのままで愛するというのはその子の生まれもった個性を愛するということで、

あまりの態度に目をそらすということではない。

何度も言うけど

成人した人でそういう態度が目立つ人は家を出るべきだ。

 

ワガママは選択肢にない。

自分の部屋を掃除しないことも選択肢にない。

五体満足で何でできないのか。

ウツ?

ウツでも掃除はできる。

いや掃除をすればウツは改善する確率がグーンと上がる。

人間は自主的に行動しないで受け身で生きているとウツになりやすくなるのだ。

 

でも本人がやる気がないなら親も強制はできない。

だったら、私なら絶対に家を追い出す。

可愛い子供だからこそそうするのだ。

 

ホームレスにでもなったら?

いい加減大人なんだからそんなことは親が心配することではないのだ。

家で遊びボケていて、家を追い出されホームレスになっても

それは自分の責任。

家にずっといたらわからない。

家に置いておく限りは子供は自分は今後も子供のままでいいと思っているし、

親も子供扱いが辞めれない。

(でも子供はやっぱり心の底では自立したいと望んでいる・・けどできないからそのストレスを親に向かって投げかけるのだ・・・本当は自立したいはず。子供扱いも辞めてほしいはず)

 

もし思春期の子供が親にとって耐えられないほどの反抗期にあるなら

家計が許すなら寄宿舎制の学校に送り込んでしまったほうがいい。(コロナで閉校?)

もっといいのが外国にでも留学させるのがいい。

親のいないところで一人で苦労させなければ大きな成長なんて期待できないからだ。

 

大人なら難民キャンプにでもボランテイアとして送り込み、必死になって生きている人々を目の当たりにさせることもいい。自分がいかに甘ったれているか心の底からわかるだろう。

 

自立させるには、この’子供’状態から抜け出させることが鍵なのだ。

子供状態とは自分のことばかり考えている状態のこと。自分中心で世界が回っているという考え方。自分こそが世界で最も大切で尚且つ最も不幸であるという考え方を辞めさせない限りはいつまでも子供のままなのだ。

親と離れ外に出て社会に揉まれてみて初めて親のありがたみがわかり、

ワガママは通用しないことがわかるのだ。

そして自分と向き合うことができる。

(プラス!自分の親はそこまではひどくなかったとわかる!😅)

 

手元に置いておくのが愛ではない。

可愛い子供にはどんどん旅をさせよう。

コロナが収束したらの話だけど・・・。😅

 

親の依存症

これは自分の幸せの定義づけを子供を通している人が罹りやすい。

子供が全てで子供に依存、つまり精神的な自立を成し遂げていない。

だから子供が自立しようとすると、子供に依存している親は怖くなるのだ。

自分の幸福はこの子供を基盤としているのだから、

子供が親の幸福の土台だったのだから、

いきなりいなくなれば幸福という名の建物は見事に崩れてしまう。

子供がいなくなり自分の知らない世界に行ってしまえば

見捨てられてしまうような気がしてくるのだ。(分かります・・・とても・・・😰)

今後、どうやって自分自身で立っていいかわからなくなる。

 

その依存症だけど・・・

それを克服してこそ子供と新しい関係を築けるというものかもしれない。

飛び立とうとしている子供の足にぶら下がってくる親の存在ほど迷惑なものはないのだから。

 

我が家

我が家の子供たちは皆成人しており現在全員家から出ている。

みんな家を出たくてたまらない自立志向型だった。

だから我が家に引きこもりはまずありえない。

(引きこもりになるお子さんは親のせいだけでなく生まれつきの気性が大きく関連しているように見受けられる)

 

でもしっかりなんでも自分でできる状態で家を出たわけではない。

準備万端からは程遠かった。

かな〜り危なっかしい状態だった。

だから失敗は絶対に起きると予測していた。

案の定、七転び八起き人生が彼らを待っていた。

転んだニュースを聞くたびに親は心がざわざわとして耐えられないと感じていた。

でも自分のやり方でそれなりに自分で解決すべく悪戦苦闘する彼らに助けは与えなかった。

内心は助けてあげたくてうずうずしていたけど。😅

だって尻拭いをするには年齢が行き過ぎているんだから。

そのため手を出さずに自分で解決させることにした。

歯切りししながら・・・・だけど・・・。😅

 

我が子は皆社会的な成功を遂げているわけではないけど、’それなりに’親に迷惑をかけないように生きている。

長男はコネチカットの大学院に在学しているけれど親は学費は1ペニーも払っていない。自分でやるのが当たり前なのだ。仕事もしながら貯金を崩しながら学費を払っている。親は全く助けていない。自分で全部決めて全部自分の力でやっているから必死だ。(例外はあるが、アメリカでは大学院の学費は親が払わないのが普通。)

三男は軍隊に入隊したので、軍隊から大学院の学費を出してもらうことにしているらしい。危険が伴うことから親は反対したけれどこれが彼の苦肉の策だった。

二人の計画がうまくいけば儲けものだ。彼らは自分の業績を自分の努力の成果と捉えることができる

成功すればそれは彼らの自尊心の向上にもつながるだろう。

決断の仕方と問題の解決方法を自力で学んだことにもなる。

それは自分の宝となる。

だから結果的にはこれで良かったと後になっては言えるのかもしれない。

ただやはり賭けの部分が大きく、全く心配がないわけでもない。

それは今は社会的な現象もありどうにもできない部分も多いからだ。

 

残りの子供はひたすらマイペースでその日がうまくいけばいいという考えのようだ。

将来の計画はないから明日の計画もない。

ということは今日の計画もほぼなし。😅

 

今思うことはこれだけ。

彼らが自分が満足がいく人生を歩んでくれたらそれでいい。

所詮、彼らの人生なのだ。

自分の思うがままに生きる権利が彼らにはある。

 

親はイマイチだったけど、それにもめげず、

彼らが逞しく自分でどうにかしてくれることを信じている。

いつかどうにかなると信じている。(’いつか’はまだ終わってない!😅)

日々、この信憑性ゼロの確信のようなものにすがりつくしか親にできることはないのだ。

 

今のままでいいし、将来もどうにかなるはず。

ただ何が’よくて’将来’どうなることが良いことなのかはまだわからない。

They are OK as the way they are now and they will be OK in the future as well.

We just don't know what the 'OK' really is and what it means to become 'OK'  in the future. 😅

 

我が子を見ていると、自分の子育ては失敗だったなあ・・という思いは拭いきれない。

でも、あの子育てでよかったのかもしれない。

なぜならあの時はあれが自分のベストだったのだから。

わからないなりに努力したのだから。

あれはあれで良かったのだ。

親は結局その時その時ベストを尽くすしかなく、

結果がどう出ようともそこまでは責任は持てない。

 

母熊も人間の親に絶対同じことを言うだろう。

いや、すでに言っているかもしれない。

ただ人間の親が熊の言語を理解できないだけなのだ。😅

 

ドクダミママ至言

子育ては動物のやり方をみならおう。

母熊もしっかり教えることは教える。

そして教えることが無くなってきたら子供を手放す。

(またはいうことを聞かなくなってきたら・・・)

依存心などない。

自分の使命を理解している。

人間もそのようにするべきかも。

 

 

 

 

 

 

 

’しつけ’って果たして必要なのだろうか?

しつけの漢字はこう書く。

語源は、身を美しく、ということ。

 

躾の本当の意味

つまり

きちんとした作法を身につけることが躾。

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(出典:https://hobbytimes.jp/article/20160727a.html

そう躾とは本来そういう意味。

それだけのこと。

 

それだけでいいなら教えてあげたほうがいい。

その文化の中で生きていくために、

また周りの人に失礼にならないように

大切。

 

それだけのこと。

でも・・・・実際はそれだけじゃあないようだ。

 

現代の躾

現代はそれ以上のことを教えてあげないといけない。

マナーや作法以外のこと。

たくさんある。

それを親は一生懸命やっている。

すごいことだ。

でも思うようにいかず

ストレスの原因にもなっているのが現実だ。

 

それは親によって躾が下手な人もいるからだ。(自分もです・・・😅)

 

躾をしない方がいい人

それは躾方法が厳しすぎる親

 

確かにただ何かを教えてあげるのは問題ない。

でも厳しい躾は害あって利なしが多い。

 

もしあなたが怒らないで躾ができるなら、どうぞいくらでもやってください。

でも感情が入りすぎて怒らないではいられない性格の親ならしないほうがいい。

 

飴と鞭という言葉があるけど、

確かに飴ばかりは甘やかしになる。

でも鞭はおそらくいらない。

鞭も軽いならいいけど、深い傷が残るような鞭しか与えられないなら

全面的にやめた方が良さそうだ。

 

厳しい躾は子供の精神を歪める

鞭で叩いても子供は叩かれたことは覚えているけど

なぜ叩かれたかは覚えていないことが多い。

その痛みを親の愛と捉えられるそんな大人びた考え方ができる子供はほぼいないだろう。

だからそんなことは期待できない。

「子供のためを思って心を鬼にしてやっているんだ!」は子供には通用しないのだ。

 

かえってそういうふうに育てられた子供は

暗くなるか神経質になるかで自信のない人間になりやすい。😓

 

鞭も罰もいらない。

ただ言い聞かせるだけ。

年相応の説明で。

鞭や罰を与えるとそれを避けるためだけに間違ったことをしないようにする。

捕まるからやらない、という考え方になってしまう。

だから隠れてコソコソやったりする。

 

本当はそうではなく、「正しくないから」という理由でないといけないのに。

 

交通ルールがこれに入る。

これは警察に捕まらないために守るものではなく、万人の安全のためなのだ。

でもなんとなくしかたなく守っている人が多いようだ。

それが正しいいなら、バレなければ違反も全く問題ないということになりかねない。

 

アメリカの躾でタイムアウトという類いがある。

最初これは何かと思った。

直訳するなら’時間切れ’だ。

もっとわかりやすくいうなら

’いい加減にしろ!’という親からのメッセージ。

つまり、親の観念袋の緒が切れたことを意味する。

 

具体的には

これは子供が親の目から見て’悪事’と思われることをしたときに

他の部屋に追いやることを指す。

そしてそれに付随してタイムアウトチェアというのもある。

タイムアウトチェアに座らせられることは罰なのだ。

親がいいというまでそこに座って自分の悪事を内省しろ!というわけ。

いや〜子供がそんなことできるわけない!😅

 

どうも本来の目的は親と一時的に距離を取ることらしい。

でも子供側からは親からの拒絶で愛情の撤退に見える。

だからタイムアウトと命令されると、どの子も泣く。

タイムアウトイコール愛情の拒否と子供の存在の拒絶と取れるからだ。

要するに

目ざわりだから向こうに行け!

と親が思っていることを子供は感覚的に理解している。

だから悲しくて泣くのだ。

よって内省なんて無理。

 

いつも思っていた。

タイムアウトは親のためにあると。

子供を教えるためではないと。

 

こんな躾方法はいらない。

でも虐待にならないように現場から離れることだけが目的ならタイムアウトは役に立つだろう。

その場合は子供をタイムアウトさせないで

親自身がタイムアウトすればいいのだ。

要するに親が他の部屋に逃げる。

子供にはいらない。

 

子供のする悪いことは大したことではないことが多い

考えてもいただきたい。

そもそも子供が怒られるようなことって大したことではないのだ。

大したことないのに躾と称してガンガンに怒られたりしてはたまったものではない。

これは躾という大義のもとに、

親が自分のストレスやフラストレーションの吐口にしているだけ。

 

もし罰を与えるなら、その犯した罪悪に直接結びつくような罰でないと意味がない。

(殺人に対して死刑・・・というような感じの😅)

おもちゃを片付けなかったらおもちゃの一つを取り上げるとか。

それは子供でも理解ができる。

 

悪い成績を取ったからお小遣い減らすとかは直接的でなくこの二つに関連性は見られない。

だから価値あることを教えていることにはならない。

悪い成績を取ったらその結果により自分自身が後悔することが罰なのだ。

だから親は何もしなくてもいい。

自然の成り行きで学ばせる方が効果的。

 

やっぱり・・・

過去を振り返ってみてつくづく思うことは

躾なんて必要なかったということ。

 

躾をするんじゃあなくて

子供の成長段階に応じて

ただ教えてあげるだけでいいのだ。

あとは自分で気づかせるだけ。

 

ドクダミママ至言

感情を抑えられない親は躾などしない方がいい。

躾ではなくて

未熟な子供の感情に寄り添う姿勢が大切。

どうにかしようとあくせくするのではなく心に寄り添うだけ。

ちゃんとできない子供への理解。

子供なんだからできなくて当たり前を常に前提に対応すること。

あとは何回も何回も教えてあげる。

少しでもよくできた時は褒めてあげることも忘れずに。

 

結局親側の忍耐にかかっている。😓

そしてその忍耐力は親の心の平穏度を測る物差しなのだ。😓

 

後書き:’しつけ’には他に’仕付け’という漢字もあり、着物の仕付けというように使われている。実がこれが中国由来の言葉で、’躾’は和語。今回は後者の’躾’という漢字を基に展開させていただいたが、仕付けも子育てに関連がある。

仕付けは、ある一定の型になるようにあらかじめ型にはめて基盤を固定させること。

子育ても’このような人物になってもらいたい’という親の希望の元に仕付けを行う。

ただ親の権威が絶対だった江戸時代なら’仕付け’は当たり前でも、

現代社会でこれを実践するには難しいものがある。

より自由な現代社会では子供の意見も尊重しないといけなく、融通の効かない仕付けを親が強要してもうまくいかない確率が高い。だからマナーの訓練くらいで十分と思う。

 

 

 

 

これも親として絶対にやってはいけないこと

親は子供のためなら何でもする。

それは親は良かれと思ってやっているかもしれないけれど

子供にとっては迷惑と捉えられていることも多い。

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何もできなくとも問題なし。期待ゼロ。可愛ければそれでいい。
でも我が子にそれはなかなか言えないセリフだ・・・・。😅

日本人の親(特に母親)に多いのが

1。習い事をたくさんさせることとその結果に’異常に’期待すること。

でもね〜ほとんどの場合は大成功になんてつながらないのよ〜。

だからチャンスをあげるのはいいけど

期待するのがまずい。

子供より親が必死になってどうするの?????

 

これは自分の失敗から話していることで

本当に後悔している。😓

 

2。あちこちに連れて行く。

自分のやりたいことがあるのに

子供を色々なところに連れて行って楽しい時間を共に過ごす。

本当にそうしたかったらそれは’全く’問題がないけど

100%犠牲の上にしない方がいい。

そもそもしてあげなくとも問題は出ない。

(と先輩の女性から忠告を受けていたのに、やってしまった・・・彼女は正しかった😅)

 

私と夫は全米のあちこちに子供たちを旅行に連れて行った。日本にも当然連れて行った。

半分遊びで半分教育が目的。

今思えば連れてなんて行かなくてもよかった。

人によっては楽しい時間を共有できたわけだからいいじゃない?と言われるかもしれない。

でもそれは私と夫の一番の趣味娯楽が旅行の場合。

こういう時間潰しに醍醐味を感じる人の場合。😓

 

このほかにも農園でベリー狩り、りんご狩り、梨狩、射撃場、スケート、山登り、ハイキング、、川や湖での魚釣りなど、数限りないたくさんの経験をさせた。(学校でやってくれないから・・・)

幼児の時だけではない。高校生になっても一緒に参加させてあげていた。

それなりに楽しかったといえば楽しかったのかもしれない。

でもやりたかったかと聞かれると、なんとも言えない。

だって・・・

夫は仕事で疲れていて子供と遊びに行くくらいなら家で昼寝がしたかったし、

私もしたいことやしないといけないことが山積みになっていたんだから。

 

子供のことを常に第一にしてきた。

でもね〜現在親はすごく煙たがられているところをみると、全く感謝されていないよう。

まあ。これだけやれば親のそばにいたいくない気持ちがわからないではないけど。

 

でもこれには正当な理由がある。

 

アメリカの親の干渉が多い理由

1。交通機関の発展途上状態。

アメリカは公共の交通機関がものすごく遅れていて子供が勝手に好きなところに行けないようなシステムになっている。学校のプログラムも日本のそれとは天と地の差。

よって親が全てのところに連れて行かないといけないといけない。

親ができない場合は他の大人が同伴していないといけない。

結果として親・大人は子供のためのお抱え運転手で人生が終わることも非常に多い。

 

2。かなり大きくなっても見張っていないといけない。

アメリカは犯罪が多く、危険だからとずっと見張っていないといけない。

家にも子供だけで置いておけない。

12歳の子供を家で一人でお留守番させると警察に通報される国なのだ。

(州によりこの年齢制限は異なる)

幼稚園生が一人でおつかいなんて、考えられない。

高校生の息子のキャンプだって大人同伴だった。(必要なし!)

 

要するにいつも大人がそばにいないといけない。

 

じゃあどうせそばにいるならと、色々してあげることにする

(しないとゲームをやって暇潰しをするから)

 

しかし、あれは全てしなくともよかったと今となっては思う。

勝手にさせればよかったと。

色々してあげてこんなに反抗されては後悔しか残らない。

全てが無駄に見えてくる。

 

だから

家に一緒にいても怪我をしない程度に気をつけるだけで

監視はしないこと。

これに限る。

 

結論

わたしは自分の娘に口酸っぱく言ってる。

我が子がどんなに可愛くても

自分をそこまで犠牲にしてはいけないと。

自分のやりたいことや夢を捨ててはいけないと。

捨てれば絶対に子供に期待するようになるからだ。

(期待に背かないような子供なら大丈夫・・・でも殆どの場合は背くようだ・・・)

 

見ていい夢は自分の夢だけ。

子供には子供の夢を見させる。

それが’絶対に’正しい。

 

親は親で頑張って自分の夢を現実化することは子供にとって良い模範となる。

口で子供を励ますより、頑張っている親の背中を見せる方がよっぽど役に立つのだ。

 

子供が寂しい?

いや、孤独は発明の母。

ちょっと孤独くらいでちょうどいい。

子供も自分に向き合う時間が必要なのだから。

自分で解決させる力を養わせるためにかまいすぎは良くない。

 

本当に・・・・

やるな!!!って

 

時間とお金をかけるな!

期待をかけるな!

もうこれしか言えません。😅

 

ドクダミママ至言

子供に色々やりすぎないこと!

子供に期待しないこと!

 

すべきことは、ひたすらニコニコ笑って

子供の持っている個性を認めてあげること。

子供の話を聞いてあげること。

自分自身の人間的な成長に焦点を置くこと。

 

子離れが大変。どうしたらいいの?

www.youtube.com

https://www.youtube.com/watch?v=XEMZpDfwVA8&t=63s

 

子離れできない母親というと、ネット上では叩かれるケースが多い。

(当たっているけど・・・一方的に言いたい放題言われてほんと嫌な気分よね〜〜!😓)

 

子離れは子供のために甲斐甲斐しく色々やってあげることを卒業することだけでなく、精神的にも離れることも意味している。普通はこれをちょっとずつ段階を経て達成していき、成人式を迎えるとともに、本格的に子供から離れないといけない。それが結構厄介で面倒なのだ。

だから今回は子育てを終えた母親の子離れ、つまり本格的な卒親について考えていきたい。

 

空の巣症候群にかかり泣いてしまう母親・・・

これは子供の立場にある人からは全く理解ができない。

でも残された母にとってはやっぱり悲しいものだ。

こんなに長い間子供のために多くの犠牲を払ってきた母親だからこそ子離れが苦しいのだ。

 

私は上の二人に関してはもううんざりだったので出て行ってもらってはっきり言ってせいせいした。😅

全く泣かなかった。(飛び上がって喜んだ!!!ついでにお祝いまでしてしまった!😅)

ほんと、ストレスが半減して万々歳だった。(二度と実家に戻ってきてほしくない!とまで思っていた!😅)

関係が悪化して子供が家を出る場合はこんなふうになるようだ。

 

でもそれとは反対に、下の二人が出て行った時はそれぞれとても悲しかった。

 

そんなものだと思う。

だから自分をねぎらってあげよう!

どんな形の出家になっても、母が頑張ったことには変わりはないのだから。

 

卒親・子離れする方法

子離れするためにはいくつか方法がある

1。時の流れに自然に任せる。

つまり時が解決してくれるのを気長に流暢に待つ。

そうだ!家康になるのだ。

鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス!

 

2。期限を設ける。

いついつまでに達成するかを決める。

それに向かって具体的な戦略を構築する。

この場合は秀吉になる。

鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス!

 

時の解決なんて待てない

自分の場合は

最初は何をしていいかわからなくて時が解決してくれるのを忍耐強く待った。

でもそれが・・・・忍耐に欠ける自分にはまさに拷問!😰

こんな状態のままでいつまで耐えられるか?

と自分に聞いてみた。

 

答えは”1日だって嫌!もう無理!”だった。

 

そもそも自分には’いつか’なんていう緩やかな方法は効かないことがわかった。

期限が必要なのだ。

毎日の進歩が知りたいのだ。

そんな’いつか卒業’なんていう曖昧な目標は目標のうちに入らない!

卒業なんてまず持って無理!

その’いつか’がずっと訪れなかったらどうするわけ?

 

なぜ卒親が辛いのかは更年期障害と重なることも考えられる。

ホルモンの変化により女性は身体的にも精神的にもバランスが崩れて不安定になる。

自分のことに関してはまさにそうだった。

ただ噂に聞いていた更年期症状の多くはなかった。

たとえば「ホットフラッシュ」:「のぼせ」「ほてり」「発汗」・・・全くなかった。

あったのは・・・

疲労感の倍増と、何にも興味がなくなったことと、人生観が一気に暗くなったこと。

ついでに物忘れ(といっても前からだけど・・・😅)。

 

現在は女性ホルモンの過激な減少にやっと体も慣れたようだし、同時に卒親もほぼ完了したかのように見える。(期限は今年のクリスマス!😅)

 

物理的なことから始めてみるといい

心を変えるってかなり難しい。

だから物理的なことから始めるのもあり。

まず・・・

子供のものの処分。

子供の家具の処分。

残っている子供のものは目に触れないようなところに置いておくなど。

 

家の中の模様替えも当然。

子供の匂いや面影を感じないようにする。

つまり断捨離。

断絶して捨てて離れる。

こんまりメソッドなら、ときめかないものは処分。

子供のものを見て泣くなら、ときめいていない証拠だから、処分。

 

そうすれば、だんだん子供から心が離れるようになってくるに違いない。

もっともその過程はすごく辛いけど・・・。😰

 

成人した子供がまだ家にいる場合

これはかなり難しい。

とにかく本人を見ないようにするが最初にすること。(子供の部屋も見ない!)

次は本人の言っていることを聞かないようにする。

三番目に小言を止める。

 

最後に甲斐甲斐しくお世話をするのを止める!

一気にできないなら

ひとつづつやっていく。

たとえば最初は洗濯をしてあげない。

朝ごはんを準備しない。とか。

子供の部屋の掃除なんてもってのほかですよ!(見ない見ない!ドアは開けない!😅)

 

要するに

最初は

見猿、聞か猿、言わ猿!

次は

色々面倒をみてあげないこと!

 

一人ずつ対応

自分の場合は、一気にではなく一人ずつできるようになってきたのだ。

子供のことに口出ししたり考えたりすることをほぼ完全にやめれた理由は

実はつい最近の事件による。

hahagyo-rakudai.hatenablog.com

先週の月曜日に三男が陸軍に入隊した。

その日、もう完全に足を洗うべきと感じた。

そして何も期待せず全てを子供の決断に任せることにし、

もう親には子供の人生に介入するにはなんの権威も権限も義務もないことを認めた。

そうしたら一気に心が軽くなってきた。

息子が怪我をしてもどうなってもそれでいいという気分になった。

要するに’完全に’諦めた。😅

最後の子供の人生から足を洗い白旗を掲げた。

 

これで4人の子供全員から卒親をしたことになる。

彼らが今後どんな人生を歩んでも構わない。

彼らが自分が選んだ人生で幸せならそれでいいのだ。(不幸でも構わない・・・😅)

親は口をつぐんで黙って見守るだけ。

そう・・・見守るしかできないし、それしか許されてはいないのだ。

(見守るということは要請されていない限りはアドバイスもあげないこと)

 

子離れは辛いものだ。

たくさんいろいろやってあげた母にとっては特に辛い。

 

言わせていただくけど!

世間がなんと言おうとも

私はその世間に胸を張って言えるほどの犠牲を払い努力を怠らなかった。

だからなんと言われようとその部分は当たっていて、

結果はどうあれ😰

それに対して自分を褒めてあげるつもりだ。

 

どうしようもない母ちゃんの何が悪い!!!!

どうぞいくらでも叩いてくださって結構!

開き直って対応するから!と

皆さんも

大声で叫ぼう!!!

 

もちろん、もしまた母業をやる機会があったら同じようにするかと言われれば・・・

答えは

’しない!’に決まっているけど・・・。😅

 

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最近寒くなってきたからちょっとスカーフでもどう?(ニャンタ:迷惑だな〜〜〜。)
今はお前だけがママの子供よ〜!一番素直で一番かわいい〜〜!!!😅My best son!
子離れでしんどい方は是非ペットを飼うことをお勧め!

 

 

 

アメリカで我が子が食いっぱぐれないためには

このブログにお越しの方で米国在住の親御さんが結構おられるようなので

今回はアメリカで日本人の血を引く我が子がいかに食いっぱぐれないようにするかについてカバーしたいと思います。

 

アメリカはご存知のように醜い競争社会。

弱肉強食の国。

そこで生き延びるためには戦略が必要。

特にアジア系(ハーフも含む)。

 

1。もしホワイトカラーのサラリーマンを目指すなら

学歴:大学は行けるなら行くべき。でも三流大学はだめ。

ただし、三流大学でもそこで平均成績Aを取り、その後大学院に進めば道が開けるチャンスが一気に高まる。ただしその大学院はなるべく知名度がある方がいい。

知名度の高い大学院に行くとそこで知り合う友達や先輩や卒業生の助けにもありつける。

 

もし金髪碧眼なら経済的な理由で一番安い大学・大学院に行っても仕事は見つかる。

でも日系はそれと同じ戦略では相手にもされない。

おまけに現在のように景気が低迷しているとチャンスはほぼない。

まず、日系は人種差別に遭う(息子たちは全員就職時に人種差別に遭遇している)から、白人のレベルでは問題なく就職できてもハーフを含めた日系にはそれは通用しない。(LAとかNew Yorkなどの大大都会なら話は違うのでしょうが、アメリカのほとんどは田舎ですから・・)

白人の上を行かないといけないのだ。

ただし医療系や法律や会計学などの資格試験を要する分野はどこの大学でも問題ない。

 

在学中:

自分の分野のクラブに所属しそこでクラブ長の責任を果たす。

インターンシップは毎年すべき。アメリカは仕事の経験のない若い人を雇ってくれるほど優しい社会ではない。即戦力がものをいうからだ。

 

より就職を確実化したければSTEM分野を選ぶこと。

つまり・・・・Science, Techonology, Engineering, そして Medicine.

 

これ以外は、大学院を目指すことを最初から念頭に入れた方がいい。でもSTEMでも修士号は当たり前の世の中なので、この分野でも修士に進む人は多い。

 

友達:

怠け者でただのゲーマーの友達は害あって利なし。(一流大学の学生にこういう人は少ない。だからレベルの高い大学に行くとプラスの影響を及ぼす)

凡人のルームメートとくだらないことをしてつるんでいてはいけない。

朱に交われば赤くなる!

競争心があり成功したいという大きな夢のある友人が身近にいることは必須。

つるむだけの友達ではなく競争相手になり励まし合い勇気を与えてくれる友人が必要。

 

2。技術職を目指すなら

学問に向かないタイプは四年生大学など時間とお金の無駄。たとえ入れてくれても将来は保証できないし、卒業もおぼつかないかもしれない。(アメリカの大学の卒業率は低い)

やっとこさ卒業しても競争に負けて職にありつけない可能性も高い(うちの元次男)。

沢山一般教養科目を履修しないといけない4年生大学よりも、実用的な職業訓練校の方がいい。(コミカレでもいい)

 

特殊技能はどんな時代にも通用する分野。

手に職は強い。

数年で6桁の年収も見込めるし安定している。

学校に行くとしても職業訓練は学費が安いし期間も短くて済む。

親は子供が学術向きでないと感じたら、早くからこの方面の才能の開発を始めた方がいい。

米国史なんて知らなくても生きていける。高度な数学などいらない。論文など書けなくとも問題ない。外国語も苦手ならしなくてもいい。

得意なことをさせてあげた方が賢明。

 

3。芸術系・体育系

アート系はデザインやアニメーションがお勧め。競走は激しいけれど才能があれば不景気でも仕事は見つかる。特に今はアニメーション業界が強い。

音楽もそれほどまでに類まれな才能があるなら進ませることもいい。

スポーツやダンスや演劇なども然り。

この方面に進む人は、職業と趣味が同じでないといけない。

バランスの取れた人生を生きたい人向けではない。

好きで好きでたまらない。寝食を忘れることができるほどのオタクタイプ向き。

とにかく人生をこれ一つにかけれる人。

趣味がショッピングとか成功に関係ない友達とつるみたい人には向かない。

アメリカは常に新しいものを生み出すエネルギーがあるので、そこまでがんばりたいなら芽が出る可能性もあるし、そういう人を応援する熱気もここにはあるのでがんばらせらたいいと思う。出る杭は抜かれない国。

でもその辺の努力ではだめ。努力と執念と才能の持ち主向き。

 

4。純粋学問・一般教養系

必ず博士号まで進むべき。自分で色々できる時代だから、独立も考えられるし、執筆なども考慮できる。でも博士号という肩書きは出番が多く役に立つ。

よって安定したかったら博士号。

不安定でもよく、勇気100倍の人は、常識を無視して頑張る手もある。全ては子供の生まれつきの気質次第・・・かな。

 

しかし一般教養系の専攻でも、学士だけで仕事が見つからないこともない。

一流大学卒(州でトップだけでなく全米とか世界でもトップ)で成績が抜群によく、外国語に堪能で、面白い人生経験がある人。

ピカッと光る何かがある人(容姿がモデル並みに綺麗とか・・・)ならチャンスに出くわすことも考えられる。

 

その他

軍隊とか、ビジネス経営とか、芸能とか・・・色々。個人の性格や生まれ持った適正による。

別に大学の学齢は関係ない。ただし軍隊は学歴があった方が収入の面でもランキングの面でも利点が多い。

社会に遅れをとらないためには自分で学習しないといけない。学習は学校で教えてもらうだけでは十分でなく、常に学ぶことはどの業界でも必須。

 

我が家の子供の例

我が家は例にならないくらい子育てを失敗したので、威張ったことは何も言えない。

でもこんな感じ。

長男:リベラルアーツ系人間の典型。趣味は読書とバイオリン演奏。一応マサチューセッツ州の一流大学に入学したけど遊んで奨学金をキャンセルされ家に戻ってきた。😅その後は三流大学に通いとりあえず卒業(とりあえず優等生)。大学の選考は心理学と英語。過去6年ほどビジネスデータ解析士としてサラリーマンをやっている。同時に去年からコネチカット州の私立大学院の修士課程に在籍。専攻はちょっと畑違いの福祉学。あと半分残っておりその後は博士号に進み最初の志であった心理学に戻るとか・・・。(フラフラ・グルグル周りしてます😅)

 

元次男:絶対技術職人向き。幼い時からそうだと親は見ていた。一応大卒・・でも三流。平均成績はB (GPA:3.0)。せっかくトレーニングを受けたのにその分野で仕事をしていない。ちなみにその学部が始まって以来で未だかつて仕事が見つかっていないのは彼だけ。勤務先は’一応一流企業’でデータエントリーをしているけどコントラクト職なので保険や退職金などのベネフィトもないしキャリアも築けていない。おなけにいつ首になってもおかしくない状態。でも妻が稼ぐし成功願望が高いから、本人はのほほんとしている。(こいつもフラフラしてます。😅勝手にせ〜〜〜い!)

 

三男:今春大学を卒業。在学中は経済学クラブの部長を務め。インターンシップのようなことも3箇所やった。成績は一応優等生で、在学中にデータサイエンスの資格試験を沢山受けた。いずれは起業したい夢がある。でも結婚しているしすぐに収入が必要なので就職を希望。400社以上申し込んで不合格が相次ぎ鬱で苦しむ。就職が難しい理由は経済学・ビジネス専攻が一つの理由。さらにコロナ禍と人種差別(景気が低迷しているときにビジネス選考は競争に勝てないと親は警告を出していたのに・・・)。

同時に就職が決まらなかった時のためにボストンの高知名度の大学院に申し込んでいて無事合格。しかし妻の父親のプレッシャー(さっさと仕事に就け!)に負け大学院は休学することにして代わりに軍隊に入ってしまった。それも山ほどある健康問題を隠して。(こいつもフラフラ・・・😅)

 

長女:高知名度の米国上位公立大学を卒業。選考は美術デザイン。コロナ禍で社会が低迷し始める以前は(つまり大学に在籍中に)LAの音楽業界でデザイナー・イラストレーターとして仕事をしていた。けれどもコロナで業界が中々回復せず仕事も消えたので英国の大学院に申しこんだ。幸い合格したが基本的に学校嫌いなので取りやめ。その後なんでもいいからと、アリゾナで製品開発の仕事に携わるが一年以内で転職。現在は畑違いのことをやっている。職名はセールスエンジニア(?よくわからない職名)日本語が堪能なのでそれでいつも採用され、とりあえず食いっぱぐれることはないほどしっかりもの。しかし彼女の持つ特殊な才能はだんだん萎んでいっていると思うと悲しいものだ。ほんと、ただ生活だけのために仕事をしている人に囲まれていると夢などどうでもよくなるってもの。

今は女子友とだけの社交に明け暮れていて夢も目標も消えたよう・・せめて結婚相手でも見つけれくれるといいんだけど、全く誘われることもないらしい・・・今だけ良ければいい雰囲気・・・😅親は、仕事で成功しないなら、結婚しないとダメと言っている。それも肉食系の男子と!

でもそういう男子は若くて綺麗な女性と結婚するのが習い。現在プライムタイムなのでトロトロしている場合じゃあないと親はけしかけているけど・・・効き目なし・・・。焦ってからでは遅いんだよ!その時は条件なんて出していられない!😰

 

結論

と言うことで我が家はめちゃくちゃ。見るからに’いきあたりばったり’で芯のない生き方としか見えない・・・。😅
結論は・・・

要するに戦略を教えてあげても助けてあげようとしても、本人がそれに従わなければいい結果は出ないと言うこと。我が家の子供たちはほぼ親の言うことなど聞きません。どんなひどい結果が出たとしても自分のやり方が一番だと思っている人間の集まりなので、親の出番はあまりないのです。😅みんな自分発見のためフラフラしてます。それが親を’ものすごく’イラつかせる!

結論は、本人次第!😰

彼らの人生なので何も言えません。😰

 

でも成功への戦略は必ずある。馬鹿は戦略を無視するけど・・・・。😅

下のビデオは、アジア系がなぜ一般的に成功するかと成功するまでの戦略などについて語ってます。(英語ですが・・)結論から行くと日系とは違って中国系や韓国系やインド系は親に従うということが成功の決め手のよう。競争心も生半可でないし・・・。ああ〜ため息。😅

www.youtube.com

結局成功ってそこまで大切なのかって聞かれれば、経済的安定を目指すなら大切。

ただ食べていくだけで満足なら別に重要ではない。

激しい競争社会ということは、参加しない人はどんどん競争相手に越されていくから、知らないうちに何もしなくとも最下位に落とされることになるのだ。

だから親は口酸っぱく言っているわけ。

でも結局ね〜、反抗されればそれでおしまい。

私の中国系の友人は’反抗という選択肢’がないようにするらしい。

親の立場と権威は絶対らしい。

彼らは子供に同じような親がいる同民族の友達とつるませて、子供の親は夫婦ともども教育熱心で、祖父母も親戚一同が同じような価値観を持っている・・・つまり’絶対逃げれない’という環境を作り上げているらしい。

このため中国系の子供は迷いが少ないよう。

反抗的な態度を取ると親がそれの1000倍の勢いで封じ込めるのだ。

これじゃあ反抗できない。

だから失敗率は低い。(ある意味で・・・)

 

それなら彼らのようにそこまでできるかと言われると・・・・自分には難しいと感じている。

どんな友達とつるむかまでコントロールもできない・・・

だから失敗。

そして子供に好きなようにさせて失敗すれば、本人も親も悲しむことになる。

でも一番悲しんでいるのは、やっぱり親のはず。😅

 

ドクダミママ至言

アメリカで日系人が食いっぱぐれないためには戦略が必要。

でもその戦略に従うかどうかは本人次第。

結局本人の人生。😰

 

 

 

今変えられることとはなんだろうか?

 

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暖炉の炎をじっと見つめる。
崩れていく薪は、崩れていく自分のエゴと理想。
燃えるままに、なるままにさせて置いて、全てが跡形もなく消えていく。
そして灰と化す。
その様子をただ黙って見つめる。
すると自分のしてきたことにも虚しさを感じる。
何も変えられない。
変えられるのは自分のperception・・・つまり感知のみ。

子供を変えたいと思う

実は

子供のことはなかなか変えられない。

伴侶のことも然り。

結局ね・・・

変えられるのは自分だけ。

 

でもそれすら難しい。

 

時は刻々と流れていき待ってはくれない。

このままの状態ではいけないと焦る。

とにかくなんでもいいから今何かをして現状を打破しないといけないとさらに焦る。

 

そう感じている親はたくさんいるはずだ。

 

じゃあ一体何ができるのだろうか。

 

自分自身ができること

それは多分・・・。

 

自分の心を穏やかにすること・・・かな。

そのためにはまず謙虚になることが鍵のように感じている。

(謙虚に自分の非を認めても、自尊心がゼロになるまで自分を責めないことが鍵。

これくらいしかできないでごめんなさいと謝る。現状と戦おうとしないでただ認める。)

 

謙虚になると、心が静まり、

インスピレーションを受けやすくなる。

謙虚になると現状をそのままの状態で受け入れやすくなる。

その状態になると問題解決のヒントも浮かびやすくもなる

 

そして何よりも謙虚になると

感謝の気持ちが湧いてくる。

 

我が子に感謝することも可能になってくる。

感謝ができると赦すこともできるようになる

 

自分自身をも赦すことができるようになる。

 

”赦す”とは”許す”とは違う。

日本語でよく同じ意味に使われているけどこの二つは異なる。

 

許す=許可する。英語では"allow"

赦す=人の悪事や欠点に対して怒ったり根に持たない。英語では"forgive"

 

後者は難しい。

おそらく一生をかけて取り組んでいかないといけない分野だと思う。

 

ただ思うに

この能力を養うために生まれてきたのが人間であると感じている。

最も難しいことで

最も大切なこと。

 

人生は思うようにならない

引き寄せの法則をいかに人生で応用して成功と幸せを勝ち得るかについて熱っぽく語っているサイトを沢山見る。

不思議なことにそれを言っている人のほとんどは20代から40代までの方ばかり。

(若い方が言ってもなんか説得力に欠けるんだけど・・・)

不思議なことに50代に入った途端、普通そういうことを言わなくなる。

 

人生は完全に自分が願ったようになどならないと悟るからだ。

(たとえばどんなに強く望んでも、寿命を150歳まで延ばすとか・・・無理)

もちろん自分自身でコントロールできる面もある。

(たとえば自分の経済状態とか・・でもこれも社会の影響を受けるのでスランプもあったりするけど・・・)

特に家族のことはその枠外にあるような気がしてならない。

 

人は思う通りにならない人生に苦しむ。

でもそんな理不尽な人生の中に感謝することを見つけ、

全ての不完全な人間を赦すことしか

心の平安への道はない。

 

所詮誰も完全にはなれない。

ということは社会も完全にはならない。(改善ならできるけど・・)

自分も無理。

それを認めその中で幸せを見つけるしかないのだ。

 

と言ってもこれが自然にできるようになるまで多分一生かかるのだろう。

まさに滝壺の修行!😅

ということは

これができるようになったら天国からお呼びがかかるのだろう。

(つまり自分には当分お呼びはかからない・・ということか・・・😅)

 

ドクダミママ至言

今すぐにできることは

2。謙虚になる。

3。その結果、心が穏やかになる

4。穏やかになると感謝の気持ちが湧いてくる

5。感謝できると人を赦すことができるようになる。

子供と

伴侶と

自分自身を。

 

自分の置かれたこの不完全な状態に何か美しいものを見つける。

意味を見つける。

それに対して感謝する。

もし’自分に’改善の余地があるなら試してみる。

それしか今できることはないのではないだろうか。

 

今すぐにできることはこれ。

難しい課題だけど。

やりがいは’かなり’ありそうだ。

 

 

 

 

 

 

母は自分軸でなんかで生きられないのが現実

ちまたでは「自分軸で生きる」ことが流行りだ。

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正面に見えるのは裏庭の白樺の木。全体的に細くて葉も鬱蒼としげったりしない。
ポツンと立っていていつ見ても寂しそう。
でも自分らしく自分軸で生きている証拠かも。

この意味は

他の人の意見に惑わされないで、自分の心に従って生きること。

自分独自の標準で物事を決断すること。

自分を中心に考えること。

自分がまず幸せになることをすること。

 

実に耳に心地よい響き!

だから

そうやって生きたいと願っている女性は山ほどいるはずだ。

自分もそう。

 

母は自分軸で生きられないことが多い

でも母親は自分軸で生きれないのが運命だ。

自分の周りの母親も自分軸で生きてなんかいない女性の方が多い。

 

アメリカは自由の国で、なんでも好き勝手にやっていいというイメージ。

でも我が子に対する想いとその犠牲は国や文化を問わずあまり変わりがないように見受けられる。

 

子供を産んで育てるということはそういうことなんだと思う。

子育てはどんなに社会が進化し先端技術が地上を覆っても、

母の仕事は極めて原始的なものであまり進化がない。

ロボットには務まらない。

 

そうは思われないだろうか。

 

自分軸って耳障りがいい。

じゃあ本当に自分軸で生きらるだろうか。

 

他の人の意見に惑わされないことができる?

自分を中心に考えられる?

勝手に行動できる?

自分が幸せになることを優先できる?

自分が幸せになることってなんだか理解している?

そもそも自分の心の中に何があるかわかってる?

 

こうやって自分自身に問いかけていくと

詰まってしまうのではないだろうか?

 

子供を産んで育てるということは

大きな犠牲が伴うのだ。

特別支援組の子供を持った母には自分軸はほぼない。

子沢山の家庭も難しい。

たとえどんなに手抜き子育てでも

やることはかなりある。

子育ては手がかかるのである。

 

だから自分軸で生きるって結構難しい。

 

子供が成人してから自分軸で生きることを楽しみにしている女性も多い。

でも晴れてその日が来ても自分軸なんてとうの昔に消えて無くなっていることに気づくことも多い。

一生懸命探そうとしても見つからない。

自分とは何者?

なんて高尚な哲学者でもわからないことをいきなり探そうとしてもね〜〜

難度は高い。

 

すると

今更、という気持ちにもなりやすい。

鬱にかかったりもある。😰

 

じゃあ、どうしたらいいの?

この自分軸とやら、母にも該当するんでしょうか?

 

しないかも・・・。

いつも自分軸で生きようなんて言い聞かせなくても

それができないなら無理してやらなくてもいい。

もっと軽い気持ちで臨んだ方が良さそうだ。

 

だって母とはそういうものなのだから。

 

私だって

自分軸で生きたかった。

子供に振り回される人生から逃げたいと思った。

何度もそう思った。

自分が幸せになることをすれば子供が不幸になると思った。

だから自分を捨てるしかなかった。

 

今子供たちは「さあ、ママは自分の好きなことをすればいいよ」と言っているけど、

何を今さらと言い返したい気分だ。

 

それを子育て中にしたかった。

でもしなかった。

だから自分軸があまりない・・・。😅

今構築中なのは子育てにおける自分軸の結論。

それだけ。

 

自分軸がないのも美徳かも

自分軸で生きるって母には酷な相談。

今まで家族のために犠牲を払ってきた女性には悲しい告知。

なかなかできない現実。

でも

それでもいい。

 

確かに’自分軸は大切かもしれない。

そもそも犠牲の上になった子育ては重苦しい。

それでもそうなってしまったことは今さらどうにもできないのだ。

 

所詮、母は多かれ少なかれみんな犠牲を払っている。

子供のために犠牲を払いたいと思って生きてきたことも自分軸かもしれない。

 

どの時代にも国や文化にも、家族のために犠牲を払う女性がいた。

それはかっこよくないかもしれない。

でも美徳であると思う。

前線にも出ないし名誉賞も貰えないけど、勇気ある戦士なのだ。

 

そもそも自分軸で生きることや自分発見よりも大切なことがこの世にはある。

人類が始まってから母と呼ばれる女性がみんなやってきたこと。

それは自分の命を犠牲にして出産に臨み子育てをすること。(女性がこれを放棄すると国家が滅亡する・・・世界も滅亡する・・・だから一番大事なのだよね。でも何故か軽視されている感じがしないでもない・・・😓)

 

ただ・・・これをやったとしてもなんのご褒美もないかもしれない・・・・。😰

ま、ご褒美が現生で貰えなければ来世に期待というのもあるけど・・・。😅

ご褒美はそれくらいか・・・。

 

ドクダミママ至言

自分軸で生きることは理想。

でも自分軸で生きれない時も

そんな状況にない人もいる。

所詮、母は自己中心には生きれないのだ。

 

だからいつも自分軸でなくてもいい。

無理やりしなくてもいい。

もっと肩の荷を下ろして生きよう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手放せば空が見えてくる

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前庭のユリの木。花言葉は幸福。
自分を責めている時は足元ばかり見ている時。
つまり現実ばかり見つめている時。
でも上を見上げれば眩いユリの木が見える。

今、葉は色を変えて母体から離れようとしている。
母体は自然の流れに抵抗しない。
腕を思いっきり伸ばして全ての葉を少しずつ手放す。
すると枝葉の隙間に空が見えてくる。

手放せば手放すほど空があらわになってくる。
悲しみも落胆もこの空に吸い込まれていく。
幸福になるためには変わろうとしている葉を手放す。
とどまらせたい感情も手放す。

今はもう何もできない。

ドクダミママ至言

母体につながっている葉が離れる時は

腕を思いっきり伸ばし

葉を喜んで手放さないといけない。

互いに責める習慣も手放す。

悲しみも落胆も手放す。

すると心が晴れてくる。

晴れた空が見えてくる。

 

それが自然の法則。

自然の法則に抵抗しない。

それが幸福への道。

 

 

 

 

 

 

 

 

息子の人生を束縛する母親の話

 

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我が家のブドウ。ブドウの蔓はブドウを守っている。でも束縛していないわけではない。

束縛しないように守るって結構難しいものだ。

 

息子がかなりの年齢になっても息子の人生を仕切りたがる母親がいる。

母親に従っていれば安全で安心。

そう言いたいのだろう。

知り合いの友人で55歳を過ぎても母親の言いなりになっている男性がいる。

 

東大卒。

官公庁勤務の超エリート。

母親には徹底して服従。

最も悪い類のマザコン。

 

聞くところによると

彼は母親をこよなく愛しているらしい。

だから従うことに不服はないんだそうだ。(そんな人いるのね〜〜〜。羨ましい限り😅)

 

今までに結婚したい女性が何人かいたらしいけど、

毎回この母親がのこのこと出てきて全ての縁談を破断させている

外国にまでわざわざ出かけて行って破談させたこともあるらしい。

 

その母親は、「全て息子のためを思って」と言っている。

嘘。

自分のために決まっている。

 

おそらくこの母親は息子の相手は誰でも気に食わないのだ。

なぜらな母親は息子を伴侶視しているから。

だから全ての女性は自分の恋人を盗む泥棒猫なのだ。

つまりヤキモチ。(まあ気持ちはわかります。😅)

でも自分でそれを認識していない。

 

基本的に55歳も過ぎた男性の結婚話に口を出すことはルール違反。

はっきり言って今まで全く結婚できなかったのは

どう考えてもこの母親が原因としか思えない。

 

彼女はいいわ。

ひとりぽっちにならなくて済むから。

息子は毎日家に帰ってきて母親に優しくしてくれる。(まだ同居?!😅)

話し相手にもなってくれる。

でもこの母親にもいずれあの世からお迎えが来る。

その後、息子はひとりぽっちになる。

彼女はそれを考えていない。

自分さえ良ければいいのか。

息子にだって老後がやってくる。

でもお世話ができる人はいない。

妻も子供も孫もなし。

 

どう考えても、自己中でわがままで嫉妬心の強い母親だと思う。(これには自分も負けた!)

息子に結婚してもらいたいと思わないのだろうか。

わたしならこんな歳になっても結婚していない息子を心配する。

だから条件なんか出さない。

誰かいるだけで大喜びだ。

 

そもそもこうやって息子を引き止めておくことは愛ではない。

母親のわがまま。

本当の愛は、子供が幸せだと思うことをさせてあげること。

それがどんなに自分に都合が悪くても。

 

束縛するのは親の身勝手。

親の都合。

束縛と愛は反比例する。

 

ちなみに彼にはアメリカ人と結婚している弟がいる。

当然母親は大反対だった。(息子の相手全員に毎回ダメ出しをした!)

だから彼も母親に反抗できなく相手の女性をヤキモキさせていた。

決断力のない彼。かといって別れるつもりもない。

一体なんなの????

それで意を決して彼女がある手を取った。

つまり無理やり結婚しないといけない方向に持っていったのだ。

そしてアメリカで勝手に結婚式をあげてしまった。

(結婚式は米国では通常、花嫁の実家のあるところで催すことになっている)

彼の親はただ招待されただけ。😅

結婚の許可なんてもらってない。

 

その後彼は一度も日本に帰国していない。

ずっとアメリカで暮らしている。

母親に会いたくないから。(この面では我が家と同じか・・・😅)

 

この話を友人から聞いていて

我が子にはまずありえない従順さに驚くとともに

この面においてだけは自分は子育てを間違わなかったと思った。

 

そう普通母親は子育てを失敗したと思うけれど、

全部失敗というわけではないのだ。

必ず何かよくできたことがあるはず。

 

自分の場合はこれ。

つまり、子供たちが親などお構いなく自分の好きなように生きているという事実が証明する

親の子供に対する対応法・・・・・つまり束縛していないこと。

それで人生がかなり空回りしている子供もいる。(基本的に全員😅)

でもとりあえず好きにさせてあげてるんだから文句は言ってほしくない。

(感謝して欲しいくらい!😅)

 

常に自分はダメママと思うけれど、

優れている面もあることに気がついた。

 

皆さんは何か子育てでうまくできたと思うところがあるだろうか?

みんなあるはず。

それを探そう!!

 

ドクダミママ至言

親にとって子供はいつまでも子供。

でもいつまで経っても子供扱いはNG。

束縛もNG。

親が決めてはダメ。

エプロンの紐を切るべきときは迷わず切る。

 

子育てに失敗したと思う親は多い。

でも成功したと思う面もあるはず。

それを探そう。